第1話
今、俺が入り込んでしまっているこのゲーム【ワールド・ピュリフケーション】について、少し詳しく話をしよう。
このゲームは今から二十年ほど前に発売された国産の王道ファンタジーのロールプレイングゲームであり、内容も王道中の王道・勧善懲悪だ。簡単に言えば、世界を征服しようとしている“魔王”を倒す少年少女の物語というわけである。
主人公・ニールは故郷を魔王軍に滅ぼされ、その復讐の為に同じ志を持った仲間たちと旅を続ける。最後には、魔王を倒して世界が平和になり大団円――実によくある話だろう。
今の時代、勧善懲悪など使い古された題材の為そうそう出てはこないが、発売当時はテレビゲームの黎明期。こんな王道の物語でも、出せば飛ぶように売れた時代だ。実際、このゲームも売り上げが良く続編も作られそうになったらしいのだが、制作会社が他の事業で大コケしてしまい予算が捻出できずお流れになったという都市伝説がある。それが事実かどうかは知らないが、現に二十年経った今も続編の話がないのだから、あながち嘘でもないのかもしれない。
そんなこのゲームの新作が出ない代わりに、今年に入ってから最新ハードに対応したリメイク作品が発売されたため、俺のような往年のファンは涙を流しながら喜んでお布施したのである。
しかし、そんな熱心なファンの俺でも、この状況はとても手放しで歓迎できるものではない。なんといっても、今問題となるのは、このゲームのテーマである勧善懲悪。ゲームとして触れるならともかく、いい年をした男がこのゲームの世界の中で「よし! 悪い魔王を倒すぞ!」などと元気に入り込めるほどのテンションはなかなか生まれない。近年の漫画やゲームでも、敵には敵の正義があると謳っているものが多いため、それに慣れた上、来年にも四捨五入すれば三十になってしまう俺としては斜に構えがちになるのも仕方がないのだ。
なにより、今いるパーティメンバーは全員魔王軍に身内を殺されており、魔王への復讐に燃える人間達の集まりである。それは今後入ってくるパーティメンバーも一部を除きほぼ変わらないのだから、テンションについて行ける自信が全くないのが難点だった。だが、それを表に出してはいけないだろう。旅についていく以上、彼らのそのテンションにもある程度乗らなければいけない。ノリが悪い人間は、大抵どこに行っても嫌われるものである。
そんなわけで、俺は早速明日からの生活に不安を抱えて生きていかなければならなくなったのだ。ただでさえ、風呂で自分の体の変化を改めて目の当たりにしてしまい頭を抱えているというのに、悩みが多すぎる。
早く帰りたい。帰って二周目がしたい――女の子の身体が涙腺が弱いのか、単純に極限状態に追い込まれて幼児退行でもしているのかは分からないが、寝静まったフィーの隣のベッドで、俺は静かに枕を濡らした。
◆◆◆
翌朝、早速ウルムの町を出発した俺達は迷いの森を探索していた。
というのも、元々ニール達は魔王の本拠地の情報を得るために、この辺りにある魔王軍の基地を探していたのだ。しかし、昨日は俺が魔物に襲われていたため、その探索を中断して一旦町に戻っていたというわけである。
「――あれ。あそこ……人が倒れてる!?」
おっかなびっくり大剣を振るい魔物と戦う俺を含めた少年少女御一行が森を探索していると、森の外れで行き倒れている人間を発見した。昨日は何故か森の中に俺が出現したが、本来ここで会うのはその人物ひとりだけなのである。
当然、物語を全て知っている俺はこうなることを知っていたし、アキも分かっていたようだ。俺達以外の三人のみが、慌てた様子で駆け寄っていたのがその証拠だろう。
「おい、大丈夫か!?」
「……うう……」
その人物は女性であり、長い髪を広げうつ伏せに倒れていた。ヨシュが呼びかけても反応がないところを見ると、意識を失っているか眠ってしまっているのだろう。そしてその体の所々に傷は見えるが呼吸自体は正常にしており、素人目にも命に別状はなさそうに見える。
「……とりあえず息はあるみたいね。ニール、薬はまだある?」
「あ、うん。あるよ。使ってあげよう」
慣れた手つきで女性の手当てをしていくフィーを見守りながら、俺はこの胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。
倒れている彼女は、赤系の長い紫髪が目を惹く容姿端麗でナイスバディの美女。顔は見えないが、間違いなく彼女が美女であることを俺は知っている。何故なら彼女は、本来ここで真っ先に加入している筈のパーティメンバーだからだ。メンバーで唯一のヒーラーの魔法使い――その名もメディナ。
そして、なによりも大事なことは、彼女は俺が子供の頃からのお気に入りという事であった。