第10話
カフェでは二対二で向かい合って座り、とりあえずコーヒーを飲みながら軽い自己紹介から入っていた。お勘定は彼女達がしてくれるとのことだったため、こっちは遠慮してコーヒー以外は頼めなかったが、妙な緊張でなにも喉を通る気がしないからこれはこれでいいのかもしれない。
彼女達はティオ・フェルトンとリストル・フェルトン。物腰が丁寧で落ち着いている長女がティオで、やや落ち着きがなく取り乱していた次女がリストル、そして俺が間違えられた行方不明のシェリーが三女の三姉妹である。
「……妹のシェリーは、半年ほど前に魔物討伐に向かったまま、行方が知れないのです。我がフェルトン家は私兵も多く、一小隊ほどの兵を引き連れて出掛けたのですが……誰一人として戻らず、行方も知れません。ウルム近辺の迷いの森に入ったという話も聞いたのですが、捜索に向かった兵たちも帰らず……」
リストルが未だに納得していない様子で興奮状態にあるため、説明は全てティオがしてくれていた。とはいえ、実の姉妹が見間違えるほど俺とシェリーという少女が似ているなら、いくら別人と理解できても納得できないのは仕方がないのかもしれない。納得できないというよりは、納得したくないんだろうが。
そしてそのシェリーだが、俺にそっくりな外見をしているらしいのに、随分と武力方面に活動的な少女らしい。一小隊というのが具体的にどれぐらいの人数なのかは分からないが、私兵を引き連れてクランド周辺だけでなくウルム近辺まで向かっているあたり、資金も人材も情熱もあることは分かった。だが、それを何故金持ちのご令嬢がわざわざ出向いてまでやろうとするのかは、正直よく分からない。金持ちの道楽にしては、度が過ぎているだろう。
「ま、待ってください……その、シェリーさんはなんでまた、魔物討伐だなんて危険なことを……?」
「実は、あの子は私達姉妹の中でも一番の武闘派でして……王国軍が進退ままならない状況を憂い、軍では手の回らない多くの民を助けようと考えたようなのです」
「……正義感の強い人なんですね」
正義感に溢れ過ぎていて一般人の感覚をしている俺では理解が追いつかないが、要は金と権力を持ってしまったフィーのような性格をしていたのが、シェリーという少女らしい。
ただ、客観的に見れば、彼女のような金持ちが進んで民草を助けようとしてくれること自体は、非常に良識的であり、単純にありがたい存在でもあるだろう。勿論、それで無事に生きて戻ってくることが前提にはなるが。
「ですが、それであの子がいなくなってしまうのであれば、やはり強引にでも引き留めておくべきだったと悔やむばかりです……」
それはこの姉達も同じようであり、長女のティオなどは末妹の旅立ちを最後まで反対していたらしい。俺としては正義感の強過ぎるシェリーよりは姉達の気持ちの方が分かるため、なんとも言い難いところである。隣で黙って話を聞いているヨシュも、既視感のあるそれに小さく頷いているほどだ。
「ハルさん……ここまでで、なにか思い当たることはありますか?」
「……いや、すみません。やっぱり俺は別人です」
「そうですか……」
正直なところ、俺とシェリーの外見が瓜二つであることも、彼女が向かったのが迷いの森だということも非常に引っかかって仕方ないが、深く考えるより先に俺が俺であると認識している以上、俺がシェリーであるわけがない。俺が俺でないなら、じゃあ今の俺はなんなんだ――ということにもなるのだから、自信を持って答えることが出来たのだ。
とはいえ、それが正しいかまでは分からなかったが。
「おふたりには、ご迷惑をおかけしてしまいましたね……お付き合いいただき、ありがとうございました。どうか、お気をつけて」
複雑そうな笑みを浮かべる姉妹に見送られ、俺とヨシュは店を後にした。