第9話
俺の顔を見るなり涙ぐんでしまったその美女は、慌てて後方へ振り替えると、誰かに向けて手招きする。
「姉さま、来て! シェリーが生きていたわ!」
「……シェリー?」
何のことだと言いたげに俺を見下ろすヨシュの視線と、騒めき出した周囲の人々の視線に晒され思わずうろたえながら、その美女と手招きされて駆け寄ってきたもう一人の上品な美女の泣きそうな顔を見て、俺はますます混乱した。どちらも明らかに俺を見てから騒ぎ出したのだが、もちろん俺は“シェリー”という名前ではないし、彼女達と面識もない。そもそもクランドに来たのは今日が初めてなのだから、こんな展開が起こり得る筈がない。
そう、起こる筈がないのだが――
「……ああ、シェリー! 本当に心配したのよ……!」
「い、いや、俺は……」
「ウルムに向かったという話を聞いたのに、それ以降の足取りが掴めなくて……兵たちも破損した鎧しか見つからないし、私どうしようかと……!」
俺を囲んで泣き出した二人の美女には俺の声も届いていないらしく、俺が“シェリー”という人物だと思い込んだまま盛り上がってしまっている。
どうしたものかと思わずヨシュを見上げれば、どうしたらいいんだよとでも言いたげな苦々しい顔が俺を見下ろしていたため、仕方なく俺が水を差すことにした。正直、非常に気が進まないが、ヨシュが何かするよりはマシだろう。
「あの……シェリーって、誰ですか……?」
「……え?」
そして、案の定と言うべきか、信じられないものを見るかのような目で、美女二人からも見下ろされることになったのだった。視線が痛いが、こればかりは仕方ない。
「そんな……嘘……あなたはシェリーよ! シェリー・フェルトン!」
「シェリー・フェルトン……?」
「そうよ、貴女は私達の可愛い妹のシェリー……の、筈なのだけれど……」
【フェルトン】という名前には聞き覚えがある。たしか、このクランドに屋敷を構える金持ちの家で、そこの三人姉妹が美人な上に強くて、そこらの兵士じゃ相手にならないとかいう、フィクション特有の超人設定の持ち主達だ。ゲーム内でも噂話として町の住民から聞くことができる存在ではあるのだが、一方で彼女らに関するイベントはなく、実際に姿を見る機会もない。
つまり俺は、その設定だけの存在の超人姉妹の末妹に間違われていたのだ。
「……すみません。俺はハルっていいます。そのシェリーとかいう子とは、別人です」
後からやってきた美女の方は比較的冷静で、俺の様子がおかしいことを感じ取ると自分の妹ではないと察してくれたらしく、困惑したように言葉を濁してしまった。「姉さま」と呼ばれていたことから、彼女がフェルトン家の長女なのだろう。
だが、最初に俺に声をかけてきた次女と思われる美女の方は違った。
「私がシェリーを見間違えるわけないわ……! どうして、私たちのことを忘れてしまったの……?」
「いや、だから俺は……」
俺がシェリーであると信じて疑わない彼女は涙ながらにそう訴え、俺の両肩を掴んで離さない。いくら美女でも、必死の形相で迫られると少々怖く、思わず後ずさった俺にそこでやっと助け船が入った。
「お待ちなさい、リストル。本当に似ているだけかもしれないわ」
必死の形相の次女を制したのは、困惑していた長女だった。もう、何が何だか分からないが、俺の容姿のせいで面倒なことに巻き込まれてしまった事だけは分かる。
とにかく今は、大人しく流れに身を任せながら状況を把握するしかないだろう。
「ごめんなさい、ハルさん。でも、貴女はあまりにも妹にそっくりなものだから、私も信じられなくて……」
「いえ……そのシェリーって子は、どうして行方が……?」
「そうね……ご迷惑をお掛けしてしまったし、お話しさせていただきます。少し、時間をいただいてもよろしいかしら?」
買い出しに行っている他の面々のことを思い出しヨシュと顔を見合わせたが、少しぐらいならいいだろうと互いに頷き合った俺達は、詳しい話を聞くために彼女達の行きつけという高そうなカフェに入ったのだった。