第8話
チュニスを発って数日後、無事クランドに着いた俺達だったが、町の様子は一行の想像とは違っていた。
「んー? なんだ、案外大丈夫そうじゃん」
「……ほんと、被害らしい被害って町の外壁ぐらいなのね」
外壁に囲まれたその町の中は人々で賑わっており、とても魔王の攻撃を受けたようには見えなかったのだ。とはいえ、流石に家屋や外壁に破損は確認できたが、チュニス程酷い状況とは思えない。
少なくともチュニス並の被害を想定していたらしいニール達は、その様子に目を丸くしていた。
「……一応、地面の隆起はあるみたいだけど、そんな大きな地割れにはなってないんだな」
「地盤が固いんでしょうか? とにかく、王都が無事でよかったですね」
当然、この町の状況を知っていた俺とアキも白々しく感想を口にしてみながら困惑する様子の面々に混ざるが、結局気を取り直したフィーの提案により、チュニスで揃えられなかった分の買い出しに向かう事になったのだった。
「……で、なんで俺らはここで待機なんだ?」
が、全員で行く必要はないという理由で、俺とヨシュは町の広場で待機させられていた。フィーの買い物に付き合うぐらいなら待機の方が何倍も楽だが、ヨシュと二人で置いておかれるというのも少々不安がある。ここでのこいつは、一人で勝手に町の中を歩き回り情報収集をしてくるという役回りだからだ。
これは、俺もその情報収集に巻き込まれる流れなんだろうか。
「おまえ、あそこに行きたいのか?」
「いや……行きたくはねぇけど」
「どうせ、ただ待ってても暇なだけだろ。ちょっと時間潰そうぜ」
広場で待機していろと言われていたにもかかわらず、ヨシュの頭には既にその言葉は残っていないようだ。勝手に居住区域に向かっていってしまったそいつを放ってもおけず、結局俺は自ら巻き込まれに行くことになってしまった。
◆◆◆
「それでね、町を襲ってきた魔物は、兵隊さんたちが全部追っ払ってくれたのよ」
「そうそう、あの時の隊長さんの雄姿! 惚れ惚れしちゃったわ~!」
「ほーん、かっこいい隊長さんね……なるほどな。情報ありがとな、おねーさん!」
居住区域に着いた途端、ヨシュのやつは井戸端会議をしていたご婦人方の輪に自然と混ざり、一応名目通り情報収集は遂行している。その様子を見守りながら、することもない俺はただ道の端でぼうっと突っ立っていることしかできなかった。実に暇である。
「……なんでお前は、ナチュラルに井戸端会議に参加してんだよ」
「でも、役には立っただろ?」
満足げな顔で戻ってきたその顔を見ると、どっと疲れ湧いてきそうだったが、役に立っていることは確かなため否定も出来ない。もっとも、俺は知っていたから今更ではあるのだが、それは言わない約束だろう。
「まあな……地震はほとんどなくて、魔物も軍が追っ払ったってことか」
「いやー オレも軍のことは舐めてたけどよ、こんだけやるなら大したもんだよな」
「そりゃなぁ。やっぱ正式な王国軍なだけあるんじゃねぇの?」
「だったら、街道の魔物も早く何とかしてほしかったぜ」
流石に軍がいる町は違う。いくら後手に回っていた情けない軍とはいえ、城のある町に魔物が押し寄せて来ればしっかり防衛できるのだから、無能という訳でもないのだ。
それにしても、街道の魔物には手こずり過ぎだとは思うが、あれは当時のニール達でも対処できない強さの魔物が襲ってきていたのだから、多少遅れが出ても仕方ないところもあるだろう。大抵のゲームは、メインキャラクター以外の人間はそれほど強くないのだ。
「それはそれだろ、仕方ねぇって」
そこまで考えの至らないやんちゃ坊主を宥めながら、他の場所に向かおうと足を踏み出しかけたその時だった。
「っ! ちょっと! あなた、シェリー……!?」
「へ?」
どこからどう見ても、貴族のご令嬢にしか見えない煌びやかドレスを纏った美女に詰め寄られた俺は、立ちすくんでしまった。