第5話
その日の夜、惨劇の起きた村で一晩を過ごすというちょっとしたホラー展開により案の定寝れなくなった俺は、気晴らしにニールの家の中をうろついていたが、屋根上へ出る梯子があったことを思い出し、そっちで気分転換でもしようと上っていく。
「お、ここにいたのか」
だが、そこでは既に、先客が体育座りで黄昏ていたのだった。
「ハルさん……寝てなかったの?」
「なんか目が冴えてな。お前こそ寝ないのか……って、愚問か」
ある程度予想できていたとはいえ、やはりニールは眠れないらしい(というか、この状況でいびきをかいてぐっすり眠れるヨシュみたいな奴の方がどうかしている)。
とはいえ、ニールは落ち込んでいる様子でもなく、ただぼうっと月の光で僅かに照らされる村の様子を眺めていただけのようだ。その顔にはあまりにも生気がないため、正直、ちょっと怖い。
「…………なんか、ごめんね。フィーとヨシュとメディナさんだって家族や恋人を亡くしてるし、ロアはお父さんがあんなことになっちゃってるし、ハルさんとアキさんなんて記憶そのものがないのに、ボクばっかり……」
「なーに言ってんだ。苦痛や不幸を人と比較するなんて、馬鹿のすることだぜ」
「そ、そうかな……?」
色々と視覚的に恐怖を催し、身震いしそうなところを我慢しながら滑り落ちないようにニールの隣まで移動すると、俺と視線を合わせないままそいつは申し分けなさそうに肩を落とす。誰も彼もが不幸に見舞われている中、自分だけがその不幸に酔ってしまっているような気にでもなっていたんだろうが、見当違いも甚だしい。というか、復讐という目的以外で自分のことを蔑ろにし過ぎていた子供が、そんなことを気にする必要はない。
あと、不幸の度合いで言えば、間違いなくニールが一番酷い目に遭っている。
「お前が辛いなら、それでいいじゃん。みんなも辛いんだから、お前だけが辛いなんて言っちゃ駄目だ! ……なんて、ここにいる奴は誰も言わねぇよ」
「……うん」
体育座りをする少年の横で、美少女の姿の俺が胡坐を書いているのは割といつもの光景だが、こんな状況で同い年の女の子が言うとも思えない慰めを聞いて、ニールは本当に俺が女の子だと思えるんだろうか。とはいえ、疑問を持たれればそれはそれで面倒だから現状で構いはしないんだが、やっぱり本音としては複雑である。
「って、部外者の俺が言うのもなんだか違う気がするんだけどさ……ま、心配してくれんのは嬉しいけど、少なくとも、俺とアキのことは気にすんなってことだな」
「……でも、ふたりって時々、ボクたちに分からないように話してることがあるでしょ?」
「ああ……まあ、似た境遇同士、色々相談することもあってな……」
「だから、大丈夫かなって、気になっちゃって……」
本当に俺達の境遇のみを気にしているのかは怪しいところだが、度々俺とアキが二人だけで作戦会議をしている姿を見られていたことには、思わず言葉を詰まらせかけた。
見られないようにしていたつもりだったにもかかわらず、気付かれていたということは、恋する少年にばっちり目で追われていたということだろうか。これはアキではなく俺の方が気をつけなければ、色々な意味で後でアキに睨まれかねない。いや、今日のこれで睨まれることは既に確定しているが。
「大丈夫だよ。少なくとも、ニールが心配するようなことはなんもない」
「そうなの……? なら、いいんだけど……」
「それよりお前、めちゃくちゃ眠そうな顔してるぞ。そろそろ寝た方がいいんじゃねぇの?」
ニールからのこれ以上の追及から逃れるように、うとうとと舟を漕ぎ始めていることを指摘すると、長旅と掃除の疲労もあったのか、そいつは大人しく首を縦に振る。
「うん……ちょっと、気が楽になったのかも……じゃあ、寝るね。おやすみ」
「おう、おやすみ」
足取りが危ういその後姿を見送った後も俺自身はしばらく眠れず、屋根の上で色々な事を考えては忘れるように首を振ることを繰り返していた。