第4話
それから日が暮れるまでの間、俺達は急いで家の掃除をしていた。
「ごめんね。泊まろうなんて言っちゃって……」
そう。本来最も逃げ出したいであろうニール自身が、一晩村で過ごしたいと言い出したからだ。
しかし、数ヶ月放置されていた風呂の掃除をしながら改めて頭を下げるその少年に対し、文句を言うような人間はここには一人もいなかった。
「構わんさ、生まれ育った土地を離れがたい気持ちも分かる」
「いちいち気にしなくていいのよ。グレイは、その為に村の見回りをしてたんだから」
ニールと一緒になって熱心に風呂を掃除していたグレイは、大人の余裕を見せながらそう返していたが、手持ちの食材で料理を作り始めたメディナによって、その本性を暴かれる。といっても、初めからこの村で一晩過ごせるように、見回りと入り込もうとした魔物を追い返していた、という実に健気な本性であり、かわいげすらある始末だ。
が、本人は知らせるつもりがなかったらしく、実に不服そうに眉を寄せるのだった。
「……メディナ、ばらさないでくれるか」
「あら、それはできない相談だわ。ヨシュと一緒に張り切って走り回っていたものね」
「それは君もだろう?」
「私は隠すつもりはなかったわよ? 言う機会がなかっただけ」
ちょっと調子に乗ったグレイが、涼しい顔のメディナに言い負かされている姿は時折見掛けはするが、今回のはよほど楽しかったのか、メディナは満足そうに不適な笑みを見せている。なんでそこで悪人面をするのかは分からないが、そんなところも魅力的だ。
「ねぇ、ニール。本当に、これ使っちゃってもいいの?」
「あ、うん。まだ使えそう?」
「全然平気。それにしても、結構いいもの使ってるわね~ 壊さないように気をつけなきゃ」
そして、メディナと一緒になってキッチンに立っていたのは、フィーだ。彼女は何故かフライパンの鑑定を始めたが、その後メディナに急かされてフライパンを奪われたため、最終的には大人しく食材を切る作業を任されたようだ。
ちなみに俺は各部屋の床掃除と、一人の問題児の目付け役も兼ねていた。
「お、ロアは掃除上手だな」
「ママに教えてもらったの。おそうじは、上から下にかけてやるのよって」
「なるほど、たしかに理にかなっていますね」
そんな俺が掃除をしながらリビングに向かうと、アキとロアが部屋を片付けている真っ最中であった。
さて、ここでひとつ面白い光景を紹介しよう。
アキという少女は、元の世界では金持ちのボンボンであり、男の姿であっても礼儀正しく物腰も柔らかいお嬢さんである。しかし、アキが掃除をしたと思われる場所は、まるで綺麗になっていない。ロアの掃除した部屋半分はゴミも埃もなく、俺が床掃除さえすればすぐにでも使えるように見えるのだが、アキの掃除した部屋半分は埃があちこちに残っていて、床には物も散らばっており、ゴミもほぼ手つかずだ。
「……アキは、掃除へったくそだな」
「しょ、しょうがないでしょう……」
この家の掃除を始めるまでは、必要最低限以上の掃除をするような状況に陥っていなかったため気付かなかったが、このアキという女子高生は掃除が出来ないのだ。一見、頭も良く良識もあり、料理も裁縫も出来る完璧超人なのだが、掃除だけがまるで出来ないのである。
一人暮らし二年目の俺と比べても、その掃除の腕は雲泥の差だ。というか、“掃除をした”とも言えないこの有様では根本的に比較にならない。
「……パパもおそうじヘタだったけど、魔法使いの男の人ってみんなヘタなのかな?」
「え……い、いや……どうでしょう……」
俺が指摘するまでロアも気付いていなかったらしく、自分の掃除した場所とアキが散らかした場所を見比べて大きな目をさらに大きく見開き言葉を失っていたが、それでもロアはロアなりに言葉を選んで励ましていた。が、そもそも男ではないアキにとってはフォローでも何でもなかったため、珍しく歯切れ悪く言葉を濁し視線をさまよわせている。一応、本人も気にしているらしい。
「ははは、大変だな魔法使い」
「……ハルさん、床に穴を開けないで下さいよ」
「開けねぇよ!」
だが、からかった俺に即座に反撃して来る程度の元気はあるようだ。相変わらず俺にだけ容赦のない奴である。
「なあ、そろそろ布団入れていいか?」
「ああ、こっちにならいいぞ。でも投げるなよ」
「……なんで、やる前から分かってんだよ」
「分からないわけねぇだろ、なに考えてんだお前」
そして俺が目付け役になっていた問題児とは、当然ヨシュである。
こいつは掃除、整理整頓といった片付けがてんで出来ないどころではなく、油断すると遊びだす。そして、今回のように面倒くさがって、干していた布団を部屋の中に投げ込もうともしてくるのだ。いくら粗暴な男とはいえ、なにをどうやればここまで自由奔放に育つのか、怒りよりも疑問が湧く始末だ。
そういうわけで、暴力的に解決できる俺が目付け役になっていたというわけである。こんなことに、俺の怪力を使わせないでほしいものだ。