第7話
その男は人気のない町外れまで颯爽と歩いていくと、まるで俺が尾行していることに気付いていたかのように急に振り向いた。
「…………あんた、俺がつけてるの分かってたのか」
「はい。ここなら邪魔も入らないでしょうし、あの子たちには聞かれたくないでしょう?」
「そいつは気が利くこって……」
このアキという男、ニール達と接していた時は終始穏やかな表情を崩さなかったが、今は全く感情が読めない無表情で俺に相対している。これは、もしかしなくても警戒されているのだろう。
とはいえ、ここで警戒してくるということは、その正体についてもある程度憶測できるというものだ。なにせ、不審な点と言えば身分証の黒塗り程度の、魔物に襲われていただけの一般美少女の俺に警戒を向けるぐらいだ。俺の正体に感づいているか、俺をこんな目に遭わせた張本人――辺りが妥当な予想だろうか。
「――で、あんた何者だ? この世界の人間じゃねぇよな?」
「“この世界”、ですか……」
町を囲むように建てられている低めの塀に腰掛けたアキは、脚を組み神妙な面持ちで俺の言葉を反芻する。
クソ、イケメンだからってわざわざ絵になるポーズを取りやがって。と文句のひとつでも言ってやりたいところだが、今はそれどころではないためぐっと堪えた。
「……という事は、あなたも私と同じなんですね」
「同じ?」
「私は、この世界……いえ、このゲームの外から来た人間です」
予想外だった、と言うほど意外な話でもない。そもそも、こいつの名前“アキ”は、俺の“ハル”と同程度にはこの世界観に馴染んでいない名前だ。欧米風の名前で統一されている世界に、この露骨なまでの和名。気付かない方がおかしいだろう。俺の本名が“ハルキ”であるように、こいつも“アキラ”とか“アキヒコ”とかいったアキから始まる名前に違いない。
そしてなにより、こいつがゲーム中に存在しない人間というのがもっと大きな理由だ。流石にモブの容姿全ては把握してはいないが、アキのような見た目の男はゲーム中で見た記憶がない。なら、外部の人間だと考えるのが当然だろう。
「ハルさんも、現実世界から来たんでしょう?」
「……ああ、好きで来たわけじゃねぇけどな」
そう考えたのは、向こうも同じらしい。まあ、この世界がゲームの世界だと分かるような人間だ。この見た目だが、俺のお仲間なのは間違いないだろう。もっとも、俺が元男という事までは知らないだろうが。
「私もそうです。気付いたら服だけボロボロのままチュニスの町の外に倒れていて、ニールくんたちに助けてもらったんです」
チュニスといえば、ここウルムの町よりも北西に位置する町である。王都・クランドの北の町であり、特に目立った特産品も特徴もない、ゲームでも故郷の村を滅ぼされた主人公のニールが旅を始めて最初に辿り着く町。それが、チュニスだ。
そんな所で拾われたのなら、アキはこの旅の最初期辺りから同行しているという事になるだろう。下手をすれば、チュニス付近の魔王軍の拠点、通称・チュニス基地に潜入していたヨシュよりも先に一向に合流しているのかもしれない。そりゃニールも懐くし、一行にも馴染んでいるわけだ。
「んで、身分証にも年齢しか書いてないから、あいつらについて来たってことか」
「はい。私ひとりじゃ、旅も出来ませんから」
小さく溜息を漏らしたアキは、困ったように笑いながら肩を竦める。たしかにこの男、どう見ても肉体派ではないし、どちらかと言わなくてもモヤシ体形だ。服そのものは助けられてから買い替えたものだろうが、その身なりは上品さすら感じられるし、インドア派の匂いしかしない。一人旅など出来るタイプではないだろう。
「じゃあ、あんた……元の世界に戻れずに、ここまで来たんだな」
「ええまあ、そういうことです。私は既にひと月ほどこっちにいますし、どうにか戻れればいいんですけど……」
「ひ、ひと月……」
ひと月というと、家出人として捜索願ぐらいは出されているだろうか。俺もあと数日もすれば同じ目に遭うだろうが、目の前にひと月も元の世界に戻れていない奴がいるとやはり楽観視できないところだ。
この世界からも、この姿からも二度と戻れないかもしれない――そう思うとやっぱりそれなりに怖いものだが、アキはこれをもうひと月も経験しているわけだ。急にこの男が不憫に思えてきた。
「……キツイ聞き方して悪かったな」
「いいんですよ。私もあなたのこと、それなりに警戒してましたから」
「だろうな。じゃ、この世界から戻るまで協力しようぜ」
「……いいんですか?」
さっきまであんなに警戒してたのに、などと零したアキにその言葉を熨斗を付けてそっくりそのまま返してやろうとも考えたが、あまりに素っ頓狂な顔をしていたため先に笑いが出てしまった。知性的な男なのかと思っていたが、意外と抜けている奴なのだろうか。子供の喧嘩でもあるまいし、ここまで事情を知って警戒を引きずるなんてそうそうあるもんじゃないだろう。
それとも、俺のことを見た目通りの子供だと思っていたのかもしれない。と、冗談交じりに考えたが、冷静に考えれば十分にあり得る可能性であり、今後も同じような展開が起こり得ることが想像できてしまったことで、ほんの僅かに溜息が漏れた。
「ああ……っていうか、ニール達について行かないと、俺らどうなるか分かんねぇしなぁ」
「うーん。たしかに、町に留まってるのは……ちょっと怖いですよね」
正直なところ、俺達がついて行ってもどうなるかは分からないが、少なくともゲーム終盤に控えている事件に巻き込まれることはなくなるだろう。あれは、ニール達といない限りはほぼ回避不可能だ。
「……分かりました。よろしくお願いします、ハルさん」
「ああ。改めてよろしくな、アキ」
ようやく納得したらしいアキと握手を交わし、俺はやっと落ち着いてこの世界の事を考える余裕と、同じ境遇の仲間を手に入れることが出来たのだった。