第2話
ニールの家に入ってから、俺達は一言も言葉を発することが出来なかった。
建物の外では風雨により惨劇の痕も随分と消えていたが、比較的しっかりと形の残っているこの家は違う。血の痕こそなかったものの、料理でも乗っていたのか、汚れていて片付けられていない皿。割れて床に散らばっている食器。引き裂かれたカーテンや寝具、大型動物の爪で引っ掻いたような爪痕とそれにより破壊されたテーブル、タンスなどの家具。
どんなにゲームの出来事だと理解していても、良い気分のする光景ではない。
「飯の時に、襲われたってことか……」
「……分かっていても、こういうのって……辛いですね」
「…………だな」
それは、俺以上にこの世界に感情移入しているアキの方が重症のようで、苦々しい表情を隠しもせずにキッチンに立ちすくんでいた。
どうでもいいが、元の世界に帰る時に、こいつはちゃんとニールから離れられるんだろうか。明らかに俺より深入りしているアキの心情は、正直この世界以上に心配である。
「ねぇ、ふたりとも。地下室みつけたから、ボク見てくるね」
そこに、奥の書斎を調べていたニールが顔を出す。こっちはこっちでいつも通りの調子すぎて反応に困るわけだが、一体どんな化け物メンタルをしていればこんな少年が生まれるんだ。無理をしているのは知っているし、惨劇を近くで見たせいで感情表現がおかしくなっていることは分かっているが、いくらなんでもパッと見気丈過ぎやしないだろうか。
そんな考えが巡り、咄嗟に何も言えずに生返事をした俺の隣から、急に姿勢の良くなったアキが前に歩み出てくる。
「あ、なら私も行きます。明かりが必要でしょうし」
「うん、ありがとう」
「俺はこっちで待ってるから、安心して行ってきな」
そうして何かする事もなく、俺はニールのダイニングで突っ立ったまま呆けているしかなくなってしまった。何か暇をつぶせることはないか、と暇を持て余した俺が床に散らばっている食器を片付けている間に、墓掃除に行ったはずのフィーが戻ってきていた。
「……ねぇ、ハル」
「ん? なんだ、掃除終わったのか?」
「うん……あんまり掃除できるところがなかったの」
まあ、遺体を埋めて木の棒や石を置いた程度の墓では、せいぜい草むしりぐらいしかできないだろう。しかも、自然の中の墓なら墓とそれ以外の区別もつかない為、それすら必要がないかもしれない。
だからこそ、肩を落としたフィーが帰ってきたのだろう。流石にかける言葉が見つからず、俺も「ああ……」と返事にならない言葉を返すしかない。とりあえず、砂埃を払った椅子を勧めて労っておくことにする。
「ニールとアキは?」
「地下室が見つかったからって、ふたりで見に行ったぜ。俺は留守番」
「地下室……あの村長さんが言っていたところね」
「だな。目当ての物があれば、ニールも少しは……」
少しは気が楽になるんだろうか。言いかけた言葉の意味を自分でも納得できず、口籠った俺の様子に不信感を抱くことはなかったのか、フィーはその先の言葉まで読んだ上で首を縦に振り同意した。こんなことで悩むあたり、俺もアキの事は言えそうにないな。
「うん……あの子、初めて会った時からいろんなこと我慢してたから、少しでも楽になるといいんだけど」
「とんでもない根性してるよ、あいつ。俺だったら、どっかでぶっ壊れてるぜ」
「壊れたほうが、楽だったのかもしれない……」
ニールが壊れているかと言われると、そういう訳でもない。ただ感情表現に難がある程度のもので、それも自分の事だけという限定的な状況だからか、フィーやヨシュあたりはニールが達観し、感情を我慢していると感じている程度にとどまっている。俺もこのゲームを好きでやり込んでいなければ、そういう事実は知る事はなかっただろうから、よほど察しの良い人間以外はそんなものだろう。
「まあ、それは……な」
とはいえ、こういう重たい話が続くのは胃に悪い。