第1話
「んじゃ、一瞬だからびっくりして舌噛まないようにね」
浄化師達の結界に影響が出ないよう村から出た俺達は、トマスの指示通り一ヶ所に集まっていた。転移魔法を使う際は、出来る限り狭い範囲に対象が纏まっている方が。術者は楽に発動できるらしい。
細かいことは分からないが、感覚的には分かるそれに誰も疑問を抱かず、大人しく密集している姿は少しシュールかもしれない。
「ああ、頼む」
「よーし、いってらっしゃい!」
そして、トマスとザハール、スサンナに見守られながら、俺達は転移魔法の魔法陣の光に包まれたのだった。
◆◆◆
光の眩さに目を閉じた俺が次に目を開いた時には、さっきまでとは違う草原の上に立っていた。
「お、おぉ……!? 本当に一瞬だったな……」
「大したものね。空間魔法の使い手としては、相当なものよ」
「……喜んでいいんだか、どうだか」
面白いぐらいのオーバーリアクションを見せるヨシュの横で、同じ魔法使いとして空間魔法の凄さを理解しているメディナは素直にトマスの腕を褒めていたが、一方その兄のグレイは複雑そうな苦笑を浮かべている。身内を褒められて嬉しいのと、その能力のせいで自分が苦労したという理由があるからだろう。
「で、本当にここはチュニスの近くなのか?」
「うん、間違いないよ。チュニスより、ボクの村の方が近いみたいだけど」
ウルムより北西の方には、俺はまだ行ったことがない。だから、パッと見ただけでは判断がつかないのだが、流石にこの世界の住人であるニールなら分かるようだ。特に目立つ目印もないのに分かる辺りは流石としか言いようがないが、俺も実家付近の農道を見ればすぐに分かるのだから、そういうもんなんだろう。
「ニールの村か……どうする? 行くか?」
「……うん」
「…………やっぱり、辛いですよね。無理に行かなくてもいいんですよ?」
「ううん。おじさんと約束してきたから、行かなきゃ」
俺以上にこの世界とニールに入れ込んでいるアキは随分と心配した様子でフォローを入れていたが、それでもニールは顔を上げる。凄惨な事件の起こった村に行くのは俺だって気が進まないとはいえ、それを部外者の俺が止めるのは無しだろう。
「心配してくれてありがと、アキさん」
ニールの覚悟を台無しにすることはない他のみんなは当然ながら、アキもそれは分かっているからこそ、必要以上に止めることはなかった。
「じゃあ、案内するよ。えっと……凄いことになってるから、覚悟してね」
◆◆◆
「――これが」
「浄化師の村・アルジュ、ですか」
ニールの案内のもとたどり着いた先は、森の奥の小さな村・アルジュだった。「凄いことになってる」とニールは語っていたが、例の事件から時間が経っていたことから、思ったほど酷い光景は広がっていなかった。
俺達の視界に入るのは、破壊された家屋と、荒れた畑のようなもの。そして土が盛り上がった墓のようなものが、一ヶ所にいくつも並んでいる、そんな光景だったのだ。
「……さすがに、血は雨で流れたみたいだね。お墓にも花が咲いてるや」
「ニール……」
ニールがこの村を発った時は一面血の海であり、村人一人一人を埋葬したニールまで血で汚れてしまうほどだったが、今はそんな面影もなく、地面には草花が生えている。
それに呆気に取られたニールは、今にも泣きそうな顔で墓を眺めていた。
「ボクは家に行くけど、みんなはどうする?」
「俺は村を見回って来よう。無人の間に、余計なものが住み着いているかもしれんしな」
「じゃ、オレもその辺見回ってくるぜ」
まず一行から離れたのは、グレイとヨシュだった。
「私も、別行動を取らせてもらうわ。少し気になる事があるの」
「あたしも、メディナお姉ちゃんと一緒にいく」
「……わたし、お墓を見てくるわ。数か月は誰も見てないだろうし、綺麗にしてあげなきゃ」
二人が村の奥に向かうと、メディナも破壊された家に入っていきロアもその後を追う。そしてフィーは、顔を見せず逃げるように墓に走って行ってしまった。
「……じゃ、俺らはニールん家を見回るか」
「ええ、何かあっては危険ですしね」
「ふたりとも、ありがとう」
そうして残った主人公と異物の俺とアキは別行動を取る気にもなれず、ニールの家に向かうことにしたのだった。