第9話
動揺する一行と困惑するザハールを見かねて、俺とアキはここに至るまでの経緯を軽く説明することにした。
魔王を討伐するために旅をしていたこと。東の地に魔王の本拠地があることをつきとめ、向かっていたこと。そして、本拠地を目前にして、女の魔族とあの大きな地震に出会い、直後転移魔法に巻き込まれたこと。
「女の魔族、ということは……」
「ええ、恐らくあの方かと」
女の魔族、と聞いた途端、ザハールと途中から参加してきたスサンナは顔を見合わせ、心当たりでもあるかのように頷き合う。
そりゃ、心当たりもあるだろう。なにせ魔族は魔物を直接使役する立場であり、一切姿を見せない魔王と比べたら顔を合わせる機会も多いのだ。
「あの方?」
「ヴァルヴァラ、という魔族がおりましてな。彼女は空間に干渉することが出来るのです」
「空間に干渉できるってことは、あの転移魔法も……」
「ええ……あの魔族の仕業、ということでしょうね」
ヴァルヴァラは、鬼畜生のブレンダンと比べれば人間の規準で見てもかなり常識的な性格をしているが、性能に関しては転移魔法を使いこなす神出鬼没な攻撃方法を得意とするため、単純な脅威で言えばブレンダン以上の鬼畜だ。本来なら、あの山でその鬼畜振りを存分に発揮してくれた筈だったのだが、大人しく帰ってくれたのは結果的に良かったのか、悪かったのか。
まあ、少なくとも、俺とアキが五体満足でいられたのは、幸運に違いない。
「でもよぉ、ならなんでオレらをわざわざ転移させたんだ? あのままあそこに放っておかれてりゃ、下手すりゃオレらは死んでただろ?」
「……数週間もの間、異空間に滞在させたというのも、おかしな話ね。転移魔法は異空間を用いて移動する魔法のはずだから、単純に考えれば私達は異空間で三週間もの時間を過ごしたということになるわ」
転移魔法の仕組みは、この世界には存在しない異なる空間をトンネル代わりに使い、目的地までを繋いでショートカットする魔法だ。瞬間移動やテレポートみたいなものだと思えば、まず間違いないだろう。
そのため、本来ならあの山からここまでをほんの数秒で移動することが可能な魔法ではあるのだが、それをせずにわざわざ異空間で保護していた意図が、現時点では分からないのだ。
「……まるで、ボクたちを守ってくれた……みたいだよね?」
現状を鑑みる限り、ニールがそんなことを言い出したくなるのも、当然のことだろう。
だが、それを素直に認められる人間や魔物は誰もいなかった。
「そうも取れるが、別の意図がある可能性もある。好意的に受け取るには、まだ情報が少ないな」
「そもそも、グレイのこと殺そうとしてたし、ロアのことも連れていこうとしてたじゃない。わたしは守ってくれたとは思えないわ」
「あたしも、おじさんのことケガさせちゃったし……あの人のこと、いい人には思えないよ……」
ニール達とヴァルヴァラの初めての邂逅は、ヴァルヴァラに襲われているグレイとロアを助け出す――という出来事と同時に発生している。つまり、いくら彼女が俺達を守ったように見えたとしても、それを好意的に受け取れるような事実は並んでいなかったのだ。当然、実際に襲われたグレイとロアも渋い顔で首を振るだろう。
それを聞いたニールも、好意的に受け取ることは一旦諦めたようだった。
「……そっちでの評価は、どんなもんなんだ?」
「魔物である我々には、優しい方でしたな」
一方で、魔物の間でのヴァルヴァラの評判はすこぶる良い。まあ、あんなどぎついボンテージを着てるくせに優しいお姉ちゃんが上司だったら、喜んでついていくだろう。こんな状況でなければ、俺もちょっと揺らぐくらいだ(とはいえ、魔物の美的感覚は人間とはちょっとずれているから、そういう性的な魅力でついて行っているわけじゃないだろうが)。
「身内にだけ優しいってのは、どこの集団でもあるもんだし、判断しづらいな……」
「ええ、その通りです。ですので、どうか惑わされぬよう、お気を付けください」
魔王の影響を受けていないからこそ、真剣にそんな忠告をくれるザハールのおかげで、気が緩みかけた俺も慌てて気を引き締めることができたのだった。