第8話
結局、ニールの読書は止まることはなく、俺達がザハールの家に再度顔を出せたのは夕方頃だった。
「――お父さんとお母さんの、プレゼント……?」
「ええ。自分達が手渡せなかったら、伝えていてほしいと言われましてね……それまで、自宅の地下に隠しておく、と」
なんとなく全員で押しかけてしまった俺達は、ソファに座りながら二人の会話を聞くことになった。当然ながら、ザハールの話とはニールの両親の話だった為、重苦しい空気に胃が痛くなる。
ニールの両親は浄化師の立場が危ういことを理解しており、そう遠くない未来にニールを一人残してしまうこともある程度は予想していたらしい。そうしてニールが一人になってしまった時の為に、とあるアイテムを隠していたというのだ。
「……そうなんだ」
「村には戻っていないのでしょう?」
「うん……みんなのお墓を作ってからは、一度も」
「お辛いでしょうが、一度……」
住人が自分を除き全員虐殺された村に戻る勇気があるか、と言われて自信を持って首を縦に振る人間はそうそういるものじゃない。しかも、ニールはたった一人で住人全員を埋葬しているのだ。俺なら数年の間を開けさせてくれ、と懇願したくなる状況だ。
だが、ニールはしばらく黙り込んだ後、小さく頷く。
「……………そうだね、戻ってみるよ……」
「ニール……」
「……大丈夫、泣いたりしないよ」
いや、そこは泣いていいだろと言いたくなったが、俺以外のみんなも同じ考えだったのか、誰も彼もが何か言いたげに渋い顔でニールを眺めていた。特にフィーとアキなんかは渋いどころか悔しそうに歯噛みしていて、思わずこっちが心配になるほどである。
「それと、こちらは皆さんにも関係のある話なのですが」
「俺達にも?」
「今起きている世界の異変について、お話しておこうと思いまして」
今起きている世界の異変――それは、あの大きな地震や、あちこちに地割れがあることだけじゃない。だが、この時点のニール達には、世界を襲っている本当の異変については知る由もなかった。
「……そういえば、私達は何が起こっているのかも知らなかったわね」
「魔王のせいってことしか、分からねぇな」
「教えてください。一体、何が起こっているんですか?」
「皆さんの仰る通り、これは魔王様の力により起こっているものなのです。魔王様は三百年前から静かに力を蓄えていたのですが、その力を開放し世界中を天変地異や魔物を用いて攻撃しています」
魔物はともかく、天変地異で攻撃だなんて意味が分からないが、地震や天候を操り人里を狙って攻撃は行われていたという事らしい。本当に意味が分からないが、魔王ほどの魔力があればその程度の事は出来るらしいというのだから、魔法がある世界というのは恐ろしい。
ただ、肉体の構造上人間にはそうそう出来ることではないらしく、メディナやエディなどの天才魔法使いがこれ以上魔力を有したところで、同じことはできないというのが救いだろうか。
「天変地異で……だから、地割れがあちこちに見えるのか……」
「ええ。幸い、この村は結界のおかげで守られたようですが、この数週間の間で、他の地はどうなっているか……」
「……数週間……?」
そこで、全員が動きを止めた。信じがたい言葉に、理解が追いつかなかったのだ。
「はい、世界を天変地異が襲ったのは三週間程前です。その間地震も頻発していて、大変だったのですよ」
「なんだって……!? じゃあ、オレらは三週間もどこにいたんだ……!?」
思わず立ち上がったヨシュを見上げる事もできず、俺とアキ、そしてザハール以外の全員は、ただただ言葉を失ってしまう。
俺達があの山からラルタルに転送されるまでの間に、三週間も経っていたという事実が信じられなかったのだ。