第7話
奥の部屋に二人が入って数分後、部屋から出てきたのはトマス一人だけだった。
「……ニールは?」
「読書中だよ。そっとしておいてほしい、って」
戻ってきたトマスに真っ先に声をかけたのは、フィーである。やっぱり一番最初に行動を共にするようになっただけあって、フィーはフィーなりに自分の弟のようにニールを心配しているようだ。あくまで“弟のように”というところがニールの悲劇ではあるが、本人が気にしていない以上、わざわざ口にする必要はないだろう。
そもそも、それによって悲劇を被っているのは、むしろ俺の方だ。
「そうか……なんでまた、家出先で浄化師に興味を持ったんだ……お前は」
「助けてもらったからかなぁ……魔物の事、誤解してたんだなあって恥ずかしくなってさ。それに、誤解の原因を取り除ける人達がいるって聞いたから気になって」
今はすっかり馴染んでいるトマスだが、流石に初めてこの村に迷い込んだ時は驚き、一瞬逃げようかとも考えたらしい。村長のザハールを含め、少々怖い顔をしている魔物もいるから、俺にもその気持ちは分かる。
だが、傷の手当てをしてもらい食事まで提供されたことで考えを改め、この村の住人としてトマスは居着いてしまったのだ。正直なところ、ここに住み着こうと考えるトマスの気持ちまでは、俺には分からない。
「だからといって、手紙のひとつも送ってこないのはどうかと思うぞ」
「ご、ごめんって……! 親父とお袋には、改めて手紙を出すよ……」
「是非そうしてくれ」
この隔離された村からどうやって手紙を出すのかは知らないが、一応手段は持っているらしく、特に突っ込みのないまま二人は話を続けていく。まあ、トマスは魔法使いなのだから、俺には分からない方法で手紙ぐらい送れるんだろう。
だったら最初からやっていてくれ――と言いたいのはやまやまだが、そうするとグレイが旅に出ないのだから、この物語にも影響が出る。だから、その言葉はぐっと堪えて飲みこむことにした。
「兄貴にも面倒かけちゃったな……本当にごめん」
「まったく……まあいい、いつかは家に戻れよ」
「うん、やることやったら帰るよ」
トマスの家出にはグレイは直接関与していないからか、トマス自身は兄に迷惑をかけたことを後ろめたく思っているようだが、父親との確執は解消されていないため、実際にトマスが実家に戻るのはこのゲームのエンディングまでかかるという事実は、俺の心の中に秘めておこう。
◆◆◆
「……おや、ニール坊ちゃんはどこに?」
「浄化師の坊やなら、読書中ですよ」
それからしばらくの間、トマスの家で腰を落ち着けていた俺達の元に、間が良いのか悪いのかザハールが顔を出した。だが、ニールは未だ奥の部屋から出てくる気配はなく、少しぐらい休憩したほうがいいと声を掛けても「ごめん、もう少し」などと言って読書を止めるつもりもなさそうだ。
「……あの本か?」
「ええ」
「なら、今は邪魔は出来んな……申し訳ないですが、落ち着いたらもう一度私の家に来てもらえるよう言っていてもらえますかな?」
「うん、いいわよ」
とはいえ、本の出所を知っているザハールは少なからず予想出来ていたらしく、あっさりと引き下がったのだった。