第6話
スサンナの案内の元、絵に描いたような木造の一軒家に辿り着くと、まずは彼女が扉を叩く。
「トマスさん、いらっしゃいますか?」
「はーい、開いてますよ」
中から聞こえてきたのは、特にこれといった特徴のない男の声だ。が、グレイは誰よりもその声に反応し、スサンナの後に続いて真っ先に家の中に入っていった。
「……トマス」
「へ……あ、兄貴……!?」
中にいたのは、茶髪に眼鏡という、どこかで見たような出で立ちの人の良さそうな優男。その男は本を片手に調べ物をしていたようだが、グレイの顔を見た瞬間、逃げるように後ずさる。
そう、グレイによく似たこのトマスという男は、グレイの弟だったのだ。
「お前……一年も戻ってこないと思ったら、こんな所にいたのか」
忘れがちだが、グレイの旅の目的は家出したまま帰らなかった弟の捜索である。その弟がこんな場所にいたものだから、グレイもどんな顔をすれば良いのか分からないんだろう。
珍しく渋い顔をしながら口元を歪ませている男を見上げながら、俺はそんなモノローグを入れてみたが、これは多分怒っている。この兄貴を怒らせるなんて、随分とやんちゃな弟だ。俺より年上だけど。
「い、いや~……ちょっと、色々あって……」
「ほう? 何がどうしてこうなっているのか、詳しく説明してもらおうか」
「ご、ごめんって! 話すからその頭をギシギシさせるのやめてくれー!!」
実の兄に頭を掴まれ思い切り力を入れられているらしく、悲鳴を上げるトマスを眺めながら、俺達は顔を見合わせて笑うしかなかった。
◆◆◆
「浄化師について、調べていた……?」
「ああ、この村のみんなの事は分かってるだろ? その能力に興味があって、調べてたんだよ。この村には、浄化師の人たちが残した書物も少しはあったからね」
この村を倉庫代わりにでもしていたのか、浄化師の中には村に貴重な書物を保管していた人間がいたらしい。村に迷い込んだトマスがそれに興味を持ち調べていた為に、長らく村から離れようとしなかった――というのが、トマス失踪の真相の一部だった。
槍術に優れるグレイの弟だから、と武闘派だと思いこみやすいが、トマスはメディナやアキと同じ魔法使いである。メディナが浄化の術に興味を示していたことがあったように、魔法使いにとっては魔力を使わずに魔法の様な術を使役する【浄化師】という存在は稀有であり興味の引かれる存在なんだろう。
「そうか……だが、浄化師は……」
「チュニスの近くに村があるって聞いたんだ。そこに行きたくて――」
「もう、ありませんよ」
浄化師の現状について、言いにくそうにグレイが言葉を詰まらせたその時、トマスの言葉を遮るように家に入ってきたのはニールだった。
その後ろには、表情を曇らせているアキも引き連れている。
「ボクたち浄化師の村・アルジュは、数か月前に魔王軍に攻め込まれて……滅びました」
「そんな……!」
浄化師という存在があまり認知されていない事もあるんだろうが、この村は外界からは隔離されているからか、村人も世俗に疎いところがある。それは、数か月村に滞在していたトマスも同じなのだろう。
酷くショックを受けていた様子のトマスだったが、ふと顔を上げると恐る恐るニールに歩み寄った。
「……いや、待てよ。ボクたちって事は、君はまさか……」
「はい、ボクが浄化師の唯一の生き残りです。まだ修行中の身ですけど」
「そうか……ごめん。無神経な話をしてしまったな……」
「仕方ないことですから、気にしないでください」
念願の浄化師に会えた喜びと、完璧な浄化の術が失われている恐れがない交ぜにでもなっているのか、力なく肩を落としたトマスを何とも言えない表情でニールは見つめ、首を振る。これは申し訳なさでも感じているんだろうか。
こういう時のニールは、とても年相応の反応とは思えないぐらいに落ち着いているため、未だにどんな態度を取って良いのか分からないが、流石に初対面のトマスがニールの複雑な心境や反応の意図を察することまでは出来ないらしく、なんとか話題を反らそうと目を泳がせているところが、他人事とは思えず何だかむず痒い。
「……あ、でも、ここの書物は君の役に立つかもしれないな……! もしよかったら、見ていかない?」
「書物、ですか?」
結局、トマスが奥の部屋の本棚を指差しニールもそれに素直について行ったため、部屋を包んでいた妙な緊張感は何とか霧散してくれたのだった。