第5話
「――そうですか。浄化師は、坊ちゃんだけに……」
「うん……」
虎のような見た目の魔物は、名前をザハールといい、浄化された魔物達をまとめ、村の村長を務めているらしい。見た目ではわからないが彼は中年期には達しているらしく、自分を浄化した浄化師の息子であるニールのことは、我が子のように可愛がっていたという。
種族が違えど、そういう情を抱けるのだから、魔物と言っても見た目以外は人間と変わらないんだろう。むしろ、人間より偏見や差別は少なそうにも思える。
「みなさんには正気に戻してもらっただけではなく、村や結界まで作っていただいたというのに……まだ、恩返しのひとつも……っ」
「おじさん……」
「ニール坊ちゃんも、おひとりでよく頑張って……!」
「ううん、ボクにはみんながいたから……大丈夫だよ」
そんな彼は、浄化師の滅亡をまるで身内の死のように悲しみ、俺達の目の前で大粒の涙を零して嘆いていたものだから、つられて泣きそうになった俺は思わず部屋を出てしまった。
◆◆◆
あの後も、村長と話し込んでいたニールはアキに任せ、俺達は村を案内してもらっていた。
この村の名前は、ラルタル。浄化師に浄化された魔物達が隠れ住んでいる集落で、内部の存在の気配どころか存在すら認識することのできない浄化師の結界により存在を隠されていたため、周囲からはその存在そのものを知られていない場所でもある。
「なるほど。ここは、浄化された魔物のみんなの村なのね」
「ええ、結界がなければ人や他の魔物に襲われてしまうので、わざわざこうして浄化師の皆さんが隠してくださっていたのです」
俺達の案内を買って出てくれたのは、村長の娘であるスサンナ。彼女も浄化師に浄化され正気を取り戻した魔物の一人であり、また、彼女を浄化したのはニールの母親ということだった。
この村の魔物達は、浄化師に恩義を感じている。そして、まだ未熟なニールとも半年以上前に面識があったため、その仲間である俺達のことも歓迎してくれていたのだ。
「アンタらも、浄化されただけじゃ平穏には暮らせねーんだな……」
「仕方ありません……正気を失っている間、人に危害を加えてしまった者もいますから……」
「……でも、私達がいて大丈夫なの? みんな怖がるんじゃない?」
「ニールさんが連れてきたお仲間ですもの。心配はしておりませんよ」
こんな具合である。村の魔物達も突然の人間の訪問にやや警戒している者もいる様子ではあるが、ほとんどの魔物は気にせず挨拶をしてくれるため、本当に歓迎されていることが分かる。
とはいえ、まだ偏見や差別などの感情が育つ前の子供であるロアと、そもそも知っていた俺以外のこっちの面々は面食らっているようだが。
「それに、人間の方なら、村にもひとりいらっしゃいますしね」
「ひとり? なんでまた」
「傷だらけで偶然迷い込んでいらっしゃって……手当てをして差し上げたら、まるで我々を警戒されずに馴染まれたので、今は村に住んでいらっしゃいますよ」
その人間は、今から数ヶ月ほど前にこの村に迷い込んだが、魔物達に敵意を向けることもなくただただ助けられたことを感謝し、遂には恩返しのためにと村人の生活の手伝いなどをし始めたため、住む場所を提供したのだという。
この世界のこのご時世を考えれば、変り者と言う他ないとはいえ、流石に多方面に失礼すぎるため、それは口にはしないでおいた。
「ふーん、変わってんな……うぐっ!?」
「……ヨシュ、お前はデリカシーってもんを知ろうな?」
が、ヨシュにかかればこの通りである。
本人に悪気はないんだろうが、デリカシーという言葉とは無縁で生きてきたこの男は、往々にして失言が多い。まだ十代だから仕方ないと普段なら見逃すものの、流石に今回はそうもいかないため、鳩尾に軽く肘を入れる制裁で窘めておくことにした。
ちょっと力を入れすぎた気はするが、多分大丈夫だろう。
「ごめん。こいつも、悪気はねぇんだけど……」
「いえ、構いませんよ。それより、気になるようでしたら、その方にお会いしてみますか?」
「どうする?」
ニールが話し込んでいる今、この村から出ることは出来ない。
とはいえ、特に接点もないであろうその人物に会うかどうかは悩みどころであり、メディナとグレイは考え込んでいたのだが、スサンナの次の言葉で完全に流れが変わってしまう。
「お名前は、トマスさんっていうんですけれど」
「トマスだと……?」
「え、ええ……お知り合いですか?」
トマスという名前を聞いた瞬間、グレイの眉がぴくりと動く。あまりにも真剣な顔をしているからか、そばにいたロアは怯えていたが、別にグレイも怒っているわけではない――筈だ。
というのも、俺の目から見てもグレイの表情は怒っているように見えてしまったからなのだ。まあ、後の展開を考えれば無理もないのだが。