第4話
「……ってぇぇ…………ん? なんだここ?」
騒々しい男の騒々しい声でまず最初に意識を取り戻したのは、俺だった。
いつぞやのようにうつぶせで倒れていた俺が顔を上げると、既に起き上がり渋い顔で自分の頭を擦っていたヨシュが視界に入ったが、他のみんなはその辺に倒れたまま起き上がる様子はない。とはいえ、全員無事なのは分かっていた。心配するべきは異分子の俺とアキぐらいだろうが、アキは俺の隣で寝息を立てているから、全く問題ないだろう。
というか、アキの腕が俺の背中に乗っかっていたところを見る限り、転移直前に俺の肩を支えていたのはこいつだったようだ。なんでだ。
「おい、みんな起きろ! なんか知らねートコにいるぞ」
「うぅ……なによぉ……」
男女構わず肩をゆすり起こしていくヨシュによって強制的に覚醒させられた一行は、各々唸りながら体を起こしていく。なんか、ゾンビが起き上がる様子みたいだな――などという失礼極まりない感想は頭の隅に置いておき、俺の背に腕を乗せたまま未だ熟睡している女子高生は、俺の方で起こしておいた。
「なに、ここ……? さっきまでいた、山じゃないよね?」
起き上がって早々、俺を見てショックを受けていた様子のニールの言う通り、俺達が倒れていたのは、あの禍々しい植物がある山でも、岩肌が見えている山でもなく、緑豊かな平原であった。その上、いくら見渡してもさっきまで散々歩き回っていた山の姿はどこにもなく、林と芝生と川以外は何もない、全く別の場所にいたのだ。みんながみんな首を傾げるのも無理はないだろう。
「それにしても酷いな……あちこちが地割れを起こしているし、崩れているところもあるぞ」
「これが、魔王の攻撃ということでしょうか……」
そう。平原のあちこちには、小さいながらも地割れがあるのだ。地割れにより林の端の木々もいくつか倒れており、川のそばでは地面が崩れているところもある。
これは、転移される前に発生したあの大きな地震のせいだ。と思うのは、普通のことだろう。
「……ん、あれ? この力……」
「ニール、どこ行くんだ?」
「うん、ちょっと……」
その時、この場所と先の出来事について考えを巡らせていたみんなの輪からひとり抜け出し、まるで何かに導かれるかのように、ニールは林の方へふらふらと向かってしまう。
「状況が分からないんだから、勝手な行動は慎んで……って、聞こえていないわね、あの子」
「しょうがねぇ……追いかけっか」
幸い魔物の気配もないため、メディナの制止も聞かずに林の中に入ってしまったニールを追って、俺達も林に足を踏み入れたのだった。
◆◆◆
「ニール! どこまで行くのよ!」
おぼつかない足取りのくせに、歩行速度だけは妙に早いニールのことを見失わないよう追いかけていた俺達だったが、痺れを切らしたフィーが駆け出しようやくその腕を掴む。
それで正気に戻ったのか、目を見開いたそいつは足を止め、やっと俺達の方へ振り返った。
「あ、ごめん。この先から、浄化の力を感じて……」
「浄化の力?」
「うん、凄い規模の力だよ……町ひとつ分ぐらいあるかも」
「なんだそりゃ?」
“町ひとつ分の浄化の力”、という凄いのか凄くないのかよく分からない話を始めたニール問いただすヨシュだったが、ニールの方も本能的に誘われてきたのか、説明をできるほどその力の凄さを理解できてはいないらしい。
「うーん……ボクにもよく分かんないんだよね」
ひとしきり唸った後、そんな素っ頓狂な結論を出され、肩を落としたヨシュとフィーの姿を俺達もまた、肩を竦めながら眺めていた。
が、そんな気の抜ける空気を壊すように、草を踏む音が聞こえてくる。
「……あ」
「っ、魔物……!」
息を潜め、足音に耳を澄ませていた俺たちの前に顔を出したのは、一体の二足歩行する虎のような見た目の魔物だ。当然、戦闘になると考えたみんなは咄嗟に武器を構えたが、それを制するように何者かが俺達と魔物の間に立ちはだかる。
「みんな、ちょっと待って!」
それは、ニールだった。魔物を庇うように俺達の前に出てきたことにみんなは驚き戸惑ったが、魔物の方も驚いた様子でニールを凝視している。
そして、その魔物は恐る恐る口を開いた。
「……その髪、もしかしてニール坊ちゃんですかな?」
「……! やっぱり、あなたはお父さんが浄化した……!」
「ええ、ええ! あの時は、大変お世話になりました……!」
そいつは目を潤ませると、顔を輝かせ振り向いたニールに駆け寄り、何度も頭を下げる。
魔物の正体は、ニールの父親が半年以上前に浄化し、正気を取り戻した魔物だったのだ。