第3話
翌日、俺達は山に広がる森を抜け、ごつごつとした岩ばかりが広がる少し開けた場所に辿り着いた。
「なんか、暗くない……?」
「さっきまで晴れてたよな? なんだこれ」
だが、その場所を少し進んだところで急に空が雲に覆われ始め、あっという間にその場は薄暗くなってしまう。
そんな困惑するみんなをよそに、俺は思わずアキとアイコンタクトを取った。これから、戦いが起こる筈だったからだ。ここに出て来るのは、以前グレイとロアを襲っていた魔族・ヴァルヴァラ。今までの敵とは比べ物にならない程の力の持ち主であり、まるで歯が立たずにニール達は負けてしまう、所謂“負けイベント”がこれからあるのだ。
そうこうしている内に、視界の遥か先から何かがこちらに向かって飛んでくるのが見える。それは鳥なんかとは比べ物にならない程の速さで俺達の前に辿り着くと、少し驚いたかのような表情を見せながら宙に浮いていた。
「まさか、貴様らの方から来るとはな……」
「あー!! あなた、ロアとグレイを襲ってた魔族じゃない!!」
「あ……ほんとだ」
現れたのは、やはりヴァルヴァラ。一度しか会っていない相手だったからか、ロアは顔を忘れかけていたらしく、あれだけの目に遭っておきながら気の抜けた声を上げている(ヨシュに至っては、完全に忘れていたようだ)。
一方、しっかり覚えていたフィーや他の面々はすぐに得物を構え、臨戦態勢を取っていた。
「何の用だ」
「それは此方の台詞だ。何故貴様らが、こんな所にいるのだ」
真っ先にみんなの前に立ったのは、以前ヴァルヴァラに手も足も出ずにやられたグレイだ。続いて、思い出してはいないが状況は理解したヨシュも前に出る。
「魔王を倒しに来たからに決まってんだろ!」
「魔王様を……だと? そうか、それは残念だな……」
「どういうこと……? なにが残念なの?」
二人の後ろから顔を出したニールは、今にも戦いに入りそうな状況にもかかわらず小首を傾げて疑問を口にするが、ヴァルヴァラの方も特に攻撃を仕掛ける様子もなく静かに首を縦に振る。なんでこいつらは普通に会話してるんだ、という突っ込みは無駄だろう。
「貴様らは、この先には行けぬからだ」
仕掛けてくる――ゲーム通りの台詞に大剣を握る手に力が入った俺だったが、ヴァルヴァラは一歩程度後ろに下がるとそのまま宙に静止してしまう。
次の瞬間、俺達を襲ってきたのは彼女の攻撃ではなく、激しい地面の揺れだった。
「っ! な、なに!? この揺れは?!」
「地震……!?」
辛うじて立っていることも移動も可能だが、屋外にいても分かる程の大きな揺れと、地鳴り。誰がどう見ても地震でしかないが、これは魔王の攻撃だ。
魔王が数百年溜め込んでいた魔力や悪意を込めた力が、自然現象のように世界を襲う。それは確かにここで起こる出来事だが、俺は納得できずにいた。この出来事の前に起こる筈の負けイベントがないのだ。
ふと視線を向ければ、流石のアキも驚いたのか、目を見開いて俺とヴァルヴァラを交互に見つめている。あいつの話でもいくつか起こる筈の出来事が遅れて起こったりしていたようだが、戦闘イベントまでは変化がなかったらしいから、驚くのは無理もないだろう。俺はもっと驚いているが。
「どういう、こと……!?」
「魔王様が、世界全てに攻撃を開始したのだ。揺れだけで終わると思うなよ」
「なっ!? テメェ、ちょっと待てよ!」
結局、平和的に会話だけをして、ヴァルヴァラは撤退してしまった。
いや、まあ、戦わなくていいのはありがたいが、そういう問題じゃない。こんなに出来事が変わってしまうのなら、俺とアキはニール達にこのままついて行って大丈夫なんだろうか。下手を踏めば、このゲームの結末を変えてしまうんじゃないだろうか。
そんな不安すら浮かんでくるが、今はそれどころではなかった。
「い、行っちゃった……」
「っ……! みんな、一ヶ所に集まって!」
「な、なんで?」
次第に揺れが酷くなるこの状況で、何かに気付いたかのようにメディナが声を荒げる。
「いいから! 私から離れないで!」
何事かも分からないままメディナのそばに集まった一行だったが、俺とアキには分かっていた。なにしろ、今はストーリーは中盤。これからまだしなければいけないことがあるのだから、魔王の本拠地に乗り込めるわけもないのだ。
「ちょっと!? なんなの、この光……!?」
「転送魔法よ!」
急に俺達の足元に現れた大きな魔法陣が光り出し、誰かに肩を支えられながら、俺の視界は光に包まれた。