第2話
川のほとりまで来た俺とニールは、水袋に入るだけ水を入れながら一息ついていた。
ここまで休憩を入れながら歩いてきたとはいえ、流石に疲れも溜まってきている。いい加減ベッドでも布団でも何でもいいから、寝床と呼べる場所で横になりたいところだが、それはもう少しの間は難しいだろう。冒険なんてするもんじゃないな、なんて言いたくもなるが、一応全員同じような条件で冒険している以上、愚痴も口にしづらい。
そんなわけで、当たり障りの無い適当な軽口を叩きながら水を汲むのが、最近の恒例行事になっていた。
「ハルさんも、野宿に慣れてきたよね」
「ま、こんだけしてればなぁ……この先行き倒れても、心配いらないぐらいだぜ」
こんな大きいことを言っているが、実は俺は、未だに意図的に敵に止めを刺したことがない。得物が大きいから意図せずに息の根を止めてしまうことは増えてきたが、それに気付いた後は動悸がして夜はなかなか眠れないという繊細さも披露している。
その点、同じ現代人である筈のアキなんかは、魔法で戦っているからか命を奪うという実感が抱きづらいらしく、俺ほど気にしている様子はない。羨ましい気もするが、それはそれで嫌な慣れだなとも思うところだ。まあ、年頃の女の子にそういう酷な状況を押し付けるのも気が進まないし、悪いばかりじゃないんだろうが。
「あはは、ボクもだよ。ずっと旅をしてても、これだけ出来たら大変って思わないかも」
「ずっと旅を、ねぇ……でも、目的が終わった後も、旅を続けるわけにもいかないよな。おまえ、この旅が終わったらどうするんだ?」
「この旅が終わったら、かぁ……うーん、なにも考えてなかったなぁ。どうしよう……」
「そうなるよなぁ……」
ニールは故郷そのものがなくなってしまっている。といっても、村が焼き払われたりしているわけではないから家も残っているし、住もうと思えば住めなくはないんだろうが、住民の大量虐殺があった村に戻って住みたいか。などと聞かれて、首を縦に振る人間はそうそういないだろう。
ゲームのエンディングではニールが村に戻って墓参りをしているシーンで終わっていた。とはいえ、まさかこの世界もそのシーンで終わるわけはないだろうし、どうするつもりなのか気になっていたのだが、当然ながら先のことは考えていなかったらしい。復讐に燃える人間らしいというか、子供らしいというか。
まさか、それで本当にこの世界が急に消えたりしないだろうな、などと人知れず震えたりはしていたが、そこまで俺がこの世界にいるはずもないだろうから、一旦忘れていいだろう。
「ハルさんは?」
「う、ううん…………俺も、どうしよう……」
「ふふ、ハルさんも決まってないんだ」
そして、帰れるつもりでいる俺が終わった後のことなんて考えている筈もなく、話を振られても首を捻るしかない。仮に残るとしても、どこで何をしたらいいものか。
「帰るところも、行くところもないしなぁ。いざとなったら、適当なところに定住するしかないかも」
「定住かぁ……ボクも、考えておかなきゃなぁ」
「……だな」
考えたくはないが、最悪の場合どこに住むかぐらいは、考えておかなければいけないんだろうか。本当に考えたくはないが、その場合の生計の立て方も考えておかないといけないのかもしれない。
ああ、でも嫌だな。元の世界に帰りたいな――自分で言い出したくせに強い願望が次々に湧いてきてしまい、口を噤んだ俺を気にしたのか、ニールは恐る恐る俺の顔を覗き込む。
「……あ、あのさ……もし――」
「なぁ、おまえら。そんなに水汲んで持てんのか?」
そして、ニールが何かを言い出そうとしたその時だった。俺達の背後から男の声が上がり、ニールは思いっきり肩を震わせて慌てて振り向いていた。
わざわざ顔を見なくても分かる。これはヨシュの声だ。
「え……あ! ど、どうしよう……」
「俺は持てるけど、ニールは無理だろうな……ほら、こっち持てよ」
「あ、うん……ごめんね」
「適材適所だろ、気にすんなって」
呆れた様子のヨシュの指摘の通り、ニールは水袋いっぱいに水を汲んでおり、一人で持つには難しいほどになっていた。一方、俺はまだ汲んでいる途中だったから、普通の人間でも持てる程度の量しか入っていない。
これ以上汲むことは出来ないと判断できるぐらいには慣れてしまった俺は、自分の水袋をニールに渡し、水でぱんぱんに膨らんだニールの水袋を担いでその場に立ち上がる。
ちなみに、俺には全く支障のない重さのため、大きささえ規格外でなければ問題はない。
「ヨシュも冷やかしに来るぐらいなら、手伝っていけよ」
「しょうがねーな……」
「溢すなよ」
そして、何かを言い出せないまま挙動不審になっているニールの相手をヨシュに押し付けて、俺は先に野営地に戻った。
危ないところだった。あれは何かしらの告白が飛んでくる雰囲気だったから、ヨシュの出現には感謝するばかりだ。