第1話
ブランタを発って数日は経っただろうか。
俺達は魔王の本拠地を目指し、見渡す限り、山、山、山の山岳地帯を進んでいた。
「結構なげーのな……ちょっと飽きてきたぞ……」
「山脈という程ではないですが、一応連なっていますからね。もう数日はこの風景が続くんでしょうか」
山の上り下りを繰り返していることから、平地を歩く時の倍から三倍程度のスピードで疲労は溜まっていくため、休息を挟む頻度も増え、結果として何日もこの山道を歩き続けている状況に陥っていた。
だが、こっちは女子供の多い上、一番元気そうなヨシュですら根を上げている始末だ。これ以上早く、先に進むことは難しいだろう。俺も出来ればゆっくり進みたい。
「でも、なんかさ……植物が段々、変な感じになってきてない……?」
一方、黙って歩いていたニールは、周囲をしきりに見渡していた。どうやら道を進むほどに形状が変わっていく植物の様子が気になっていたようだ。
山に入ったばかりの頃は、他の場所と変わらない緑の植物が生い茂っていたが、北東に進めば進むほど、葉が尖り、茎には薔薇のような棘の多いものが増え、赤黒く禍々しい色合いのものばかりになってきている。まるで毒でも持っているんじゃないかと思うほどの見た目のそれらは、視覚的にも見ていてあまり気持ちの良いものではない。
「……ええ、私も気付いていたわ。これは、魔王の影響なのかしら……」
「数百年ここに籠っているというのなら、考えられなくもないな。まったく、生態系まで変えてしまうとは、とんでもない力だ……」
「あんま実感ねぇんだけどさ、こういうのって魔王の持つ魔力が原因なのか?」
「そうかもね……植物の有する魔力なんてたかが知れているから、私にも分からないけど」
メディナのような魔法使いが判別できるのは対象の魔力、ニールのような浄化師が判別できるのは対象の悪意なのだが、流石に魔力そのものの量が少なく意思も何もない植物相手では判別のしようがないらしい。
ただただ首を傾げるばかりのみんなを眺めながら、無知らしく疑問を口にしてみたものの、メディナも煮え切らない回答しかできないようだった。
「魔力ってすげぇのな……俺には、よくわかんねぇや……」
「分からなくていいのよ。貴女はそれが持ち味なんだから」
「……それ、暗にバカって言ってねぇか……?」
慰めるように頭を軽く撫でられたのはいいが、最近メディナからの扱いが少し雑というか、手馴れられているというか、とにかく軽く扱われているような気がしてならない。いや、これはきっと心を許してくれているんだ、そうに違いない。そう俺は前向きに考えることで、なんとか自分を慰めた。
◆◆◆
「この先森になってんだけど、どうするよ? 今から突っ込むか?」
そうしてまたしばらく歩いていたところ、眼下には森が現れる。森ばっかりだな、このゲーム。と突っ込みたいところだが、ここはダンジョンではなくフィールドに属していたから、本来ならこんな会話もなく適当に抜けていける場所だった。
だが、今は画面の向こうのお話ではなく、自分もしっかり入り込んでしまっているこのゲーム世界。デフォルメされて通り過ぎることができた場所でも、しっかり自分の足で通らなくてはいけないわけなのだ。
「いや……日も落ちてきている事だ、今日は止めておこう」
「じゃ、ここで野宿ってことね」
「そうね……焚き火用の枝と、水を探しましょうか」
野宿ももう何度目か分からない。初めの頃はキャンプみたいで面白いと思っていた俺でも、こう毎日続くと新鮮味も薄れ、最近では割り振られた作業を淡々とこなすだけになってしまったのだ。面倒だと思うよりは良いだろうが、娯楽が少ないこの世界を生き抜くなら、もう少し楽しみを見出したいところだ。
「じゃ、水は俺が行くぜ」
「あ、ボクも」
今日も、馬鹿力を最も有効利用できる水汲みに行くために水袋を持って歩き出した俺の後をニールがくっついてくるという、ここ数週間続いている流れが始まると、決まった面子が決まったことをするためにぞろぞろと動き出す。
「二人で大丈夫?」
「そこの川に行くだけだから、へーきへーき。森に近くなるんだから、そっちの方が気を付けろよ」
「うん、じゃあ気を付けてね」
本音を言えば、俺の次に力のあるヨシュの方が量を運べて楽なのだが、あいつは落ち着きがなく何度か水を溢しているため、水汲みには向いていない。そうなると必然的に何でもそつなくこなすニールがこっちに来ることになるものの、最近はシャイボーイの可哀想な恋模様を眺めることにも慣れてきてしまったため、二人で水汲みに行くのも恒例になっていた。
アキの視線は痛いが。