第13話
旧道を進み始めてから二日ほど経った頃、ようやくウルムにたどり着いた私たちは、町に入ってすぐの宿に入ろうとしていた。
「なんだろう……町が、騒がしいね」
が、町の奥の方から多くの人の声が聞こえ、妙に騒がしいことに気付く。
勿論、私はそれの正体を知っていたが、何も知らない他のみんなはどうにも気になるのか、一度宿から離れ町の中心部へと向かってしまった。導かれるように進み、不安げな様子の人々が集まる噴水のある広場まで来ても、まだ騒ぎの正体は見えてこないが、不意に男性の声が上がる。しかも、それは悲鳴のように聞こえた。
「悲鳴……か?」
「やっぱり、なにかあったのかも……行きましょ!」
一般人の感覚なら近づかずに逃げるか野次馬をする程度で、手出しをしようとも考えないだろうが、そんなものを聞いて黙って見過ごすようなら、彼らは主人公をやっていない。
町の更に奥の方から悲鳴が聞こえたことを確認すると、フィーを筆頭にみんな一斉に走り出したため、私もその後を追った。
「うわっ……!? なんで、町の中にまで魔物が!?」
町の奥では、人と魔物が争っていた。自警団らしい軽い武装をした人たちが必死に魔物を食い止めようとしていたみたいだったが、狼のような魔物の勢いに押され町の中まで入りこまれてしまったようだ。
そんな敵にやられたのか、傷付き倒れている人を見つけると、フィーはすぐに駆け寄っていく。
「あなた、大丈夫!?」
「あ、ああ……急に、襲ってきやがって……」
「ちょっと待ってて、わたしたちで追っ払っちゃうから!」
ここから見えるだけでも、魔物の数は十数匹。少し骨は折れるだろうが、ニールくんたちなら問題なく撃退できる規模だ。町を襲う魔物の迎撃のために一目散に駆けていくフィーを追いながら、私たちは人々を襲っていた魔物から重点的に倒していった。
◆◆◆
「――すまない、本当に助かった」
ニールくんたちの参戦であっという間に倒されていった魔物を呆然と見ていた人たちの中に、町長の息子で自警団のリーダーである男性も混ざっていたらしく、騒ぎが収まると私たちは町長の家まで案内されたのだった。
「いえ。それよりも、怪我人の様子はどうですか?」
「皆負傷はしているが、命に別状はないらしい。それも、貴方がたが助力してくれたおかげだ……本当にありがとう」
「困ったときはお互い様だもの、気にしないで! みんなが無事でよかったわ」
奇跡的と言うべきかご都合主義と言うべきか、あれほど自警団の人々が襲われていたにもかかわらず、重傷者すらほぼ出なかったらしい。まあ、いたとしても回復魔法が使えない今の顔ぶれではどうすることも出来ないのだから、後味が悪くなくてはいいけれど。
客間のソファでやっと落ち着けたこともあり、冷静に物事を考える余裕が出来た私は、やや上の空で思考をあちこちに飛ばしていた。
「でも、なんで町の中にまで魔物が? よくあることなんですか?」
「いや、それが初めてのことで、我々にも分からないんだ。何かを追ってきたようにも見えたと言う者もいるが、それも確かな情報かは……」
たしかに、あの魔物たちはある人物を追ってこの町に接近していた。
その人物とは、【メディナ】。時系列で言えば、私たちがクランドを出発する直前辺りに魔物に恋人を殺され、ウルム基地へ復讐に向かっていた仲間キャラクターだ。彼女はそろそろウルム付近の森で行き倒れる頃だが、あれほどの数の魔物たちに追われながらそれを逐一殲滅しつつ進軍していたというのは、なかなかに恐ろしい話だ。
「……近くにある、基地のせいかな?」
「その可能性は、否定できませんね……あまり猶予はないようです」
「基地……? 何のことだ?」
「実は――」
勿論、今現在この部屋に揃っている人間には、そんな事実は知りようがない。付近にあるかもしれない魔王軍の基地が原因かもしれない、と予測するニールくんに話を合わせた私に、自警団のリーダーの男性は首を傾げて疑問を口にしたため、魔王軍が各地に基地を作っている事。私たちがチュニスにあった基地を潰してきたこと。そして、この町の近くにも基地があることを説明した。
「魔王軍が、基地なんてものを……まさか、そこまで力を蓄えていたとは……」
「こっちの基地がどのぐらいの規模かは分からないけど、実害があった以上、このまま放置しておくわけにはいかないわ」
魔王軍の基地自体は世界にも数える程度しか作られておらず、存在を知っている人間もほぼいない。現に、チュニスでも存在は知られていなかった上、ウルムの自警団でさえこの認知度だ。一般の人が知っているなんて、まずありえない為、男性も半信半疑なんだろう。
とはいえ、ニールくんたちは町の恩人でもあり嘘をつく必要もない子供たちのため、結局は信じてくれたようだった。
「そういうことなら自警団を……と言いたいところだが、今回あれだけの被害を出した以上、敵の本拠地に向かうのは無謀か……」
「基地はボクたちでなんとかします。だから、今はみなさんの安全の事を一番に考えてください」
「……すまない。その代わり、必要なものがあればこちらで提供しよう」
「い、いいんですか……?」
「ああ、我々の町の事だというのに、部外者である貴方がたに危険を冒してもらうんだ。礼にもならないが、出来る限りのサポートはさせてほしい」
サポートといっても、宿の提供とアイテムをくれる程度だった気はするけど、それだけでも十分ありがたいのは確かだ。
それにしても、ゲームをしていた時から思っていたが、この男性は子どもに対しても随分と腰が低く、礼を重んじる人のようである。こういう人だから自警団のリーダーを任されているのかもしれないな、などと感心しながら、私は流れに身を任せていた。
「ありがとうございます。本当に助かります」
「じゃあ、準備できたら探してみっか」
「そうだね。また町が襲われたら大変だし、急がなきゃ」
早速町長の家を後にした私たちは、探索は翌日に回し、その日はアイテムの補充や装備品の新調を行ったのだった。