第12話
旧道を進み始めて一日が経ったが、緑が広がるのどかな光景と穏やかじゃない魔物と邂逅する以外、これといって変化がない。
「……なかなか、先が見えてこないわね」
「本当にこっちでいいのか?」
「多分……?」
これまでより魔物の数が多い事で精神的に来ているのか、フィーとヨシュは少し不安そうにしながら先頭を歩いていた(ヨシュは飽きているだけかもしれないが)。
一方、ニールくんは特に気にする様子もなく周囲を眺めながら歩を進めている。この中では一番小柄だが、一番肝が据わっている子らしい反応だ。流石は主人公。
「大丈夫だと思いますよ。一応、地図の通りには進んでいますから」
「なら、いいけどよ……」
私は地図を任されていたが、流石にゲーム画面のように現在位置が表示される訳でもないため、コンパスを片手に苦心していた。サバイバル経験なんてないし、一応見覚えのある道ではあったものの、この方向で合っているか自信はない。とはいえ、不安がっている二人がいる以上、分からないとは言えなかったけれど。
そんな私たちが道を歩いていたところ、向かいから二人の人影が近づいてくる。それが男女だと分かるぐらい近付くと、女性の方が急に片腕を上げてこちらに駆けてきた。
「あ! あの~!」
「はい?」
「クランドって、この先で合ってますか?」
その女性は武装しており、腰には剣が見える。まだ少し離れた位置にいる男性の方も大きな斧のような武器を背中に抱えているのが見えたため、腕に自信がある人たちなんだろう。
「ええ。このまま北に行けば、明日の夕前には着きますよ」
「よかった~ ありがとうございます!」
「旅をしているんですか?」
「ああ、大陸をぐるっと回っててな。俺たちはウルムから来たんだ」
聞くと、二人はここから遥か東にあるルクーツの町から旅をしており、移住目的でチュニスに向かっているらしい。新婚さんかカップルかは分からないけれど、二人は他人の私たちの前でさえいちゃついているから、腕に覚えがある人同士仲良くやってきたんだろう。
そんな二人が少し微笑ましくて、思わず口元が緩んでしまった。
「じゃあ、ウルムはこっちの方角であってたんだな」
「ここからなら明日の昼過ぎには着くだろうから、道なりに行くといい」
「ありがとうございます」
目的地から来た人間に会えたことで安心したのか、さっきまでぐちぐちと文句を口にしていたこっちの二人も元気を取り戻し、互いに安心して別れようとしたその時だった。
「……あれ?」
女性の方が急に私の顔を覗き込んで、驚いたように声を上げる。たしかに、今の私の顔はなかなか美形だし、凝視したくなるのも分からなくはないけど、彼氏さんの前でそんなに見つめられると気まずい。
更には、どこか懐かしむような表情を浮かべた女性の勢いに押され、他人からじろじろと見られる経験のない私は、ほんの少し狼狽えてしまった。
「どうしました……?」
「あなた、前にどこかで合った事ないですか?」
「私が、あなたと……ですか? うーん……すみません、記憶がありません」
「そうですか……他人の空似かなぁ……?」
私の顔を知っているなんて、ありえない。
その時はそう考えていたけれど、そう思い込むのは時期尚早だったかもしれない。でも、自分自身のことについてはただでさえ混乱しているのに、これ以上余計な混乱の種を持ち出されたくはなかったから、仕方なかったのだ。
もしかしたら――そう考えることは、本能的に拒否してしまっていた。
「おいおい、俺がいるのにナンパはやめてくれよ」
「ふふふ、そんなんじゃないわよ。じゃあ、みなさんお気をつけて~」
「……ええ、そちらも」
結局、追及することは出来ないまま私は二人を見送った。
そのまま二人の背が遠ざかり互いの声が聞こえなくなった頃になると、ニールくんとフィーの二人が私の顔を覗き込んでくる。記憶喪失という設定にしているにもかかわらず、私があの女性の言葉に言及しなかったことを気にしているんだろう。
「……詳しく聞かなくて、大丈夫だったの? 知り合いかもしれなかったのに」
「ええ……あの様子では、それほど明確な情報にもならなそうですし」
「あなたがそれでいいならいいけど、気になることがあったら言ってよ? そのための時間ぐらい、いくらでも割けるんだから」
私を疑っているというよりは、ただただ心配してくれている様子の二人の反応に罪悪感で胸が痛むのを感じながら、その時はお礼を口にする事しかできなかった。