第11話
クランドの東から伸びる旧道は古いとはいえ、魔物の出現により利用を余儀なくされた人々によってそれなりに道らしい体裁を保っている。
そんな道に時折出て来る魔物を退けながら、私たちはフィーがクランドの出身者であるという話を聞かされていた。まあ、ニールくんは昨日のやりとりで察していたようだったけど。
「ふーん。おまえ、王都に住んでたのか。なんでチュニスにいたんだ?」
「あっちの方に親戚の家があってね。病気をしたって言うから、家族でお見舞いに行ってたのよ」
「その帰りに、ってことか……」
「うん、そういうこと」
クランドまでの道中でやっと気を許したらしく、ヨシュとも普通に話すようになっていたフィーは、今まで口にしなかった身の上話をぽつぽつと口にする。
フィーには両親と、姉が一人いた。その四人でチュニスの親戚の家に見舞いに行った帰りに魔王軍に襲われたのだが、姉の機転により彼女だけが逃がされ、その後復讐のためにチュニスで情報収集をしていたのだ。チュニスの近くに魔王軍の基地がある事を突き止めた彼女は、そこへ向かおうとした矢先に故郷から出てきたニールくんと出会い、一緒に復讐の旅をすることになった――というのが、この物語の始まりだ。
私が二人に拾われたのは、二人が基地の特定を済ませいざ攻め込もうとしていた時だったという訳である。
「……ちょっと、みんなで暗い顔しないでよね! 元気出さなきゃ勝てないわよ!」
「フィーは強いね……見習わなきゃいけないところばっかりだよ」
だが、彼女はその重い過去を重く話したがらない。掛ける言葉がなく黙ってしまった私たちを励ますように無理に笑顔を作ってくれたが、自分のことは諦めがちなくせに人の不幸には感情移入するニールくんの言葉には、年上のお姉さんらしい慈愛に満ちた優しい顔を浮かべる。
「別に、ニールはそのままでいいじゃない。みんながみんな、わたしみたいになったら……多分、うるさいわよ?」
落ち込んでしまったニールくんの頭を軽く撫でてあげているその姿は、本当に姉と弟のようにも見える。自分だって辛い筈なのに人の事ばかり心配して、本当にお人好しの良い子たちばかりだな――なんて、感心と感動に思わず目頭を熱くしながら、それを素直に伝えることはしなかった。
きっと本人たちも、そういう話はされたくないだろうと思ったからだ。
「多分じゃなくて、かなり、だな」
「ふふ」
「どういう意味よ! アキも笑ったわね!?」
「いいえ、気のせいでしょう」
結局、気を遣っているのか遣っていないのか、奇跡的なデリカシーのなさでからかったヨシュに合わせ、私もその場を乗り切ることにした。
◆◆◆
「はー……こっちも、そこそこ魔物がいるんだな」
「旧道がこの有様となると、街道の方はもっと酷いでしょうね……」
後に知る街道の魔物の多さと比べれば比較にもならないが、旧道もそれなりに魔物は出てくる。それに辟易した様子で肩を回していたヨシュは、重いため息を漏らした。チュニスからクランドに向かう道中と比べれば、遭遇する魔物の数は体感で倍だからだ。
「向こうには王国軍が出てるんだっけ?」
「そうらしいですね。そちらで手一杯で、討伐に積極的に動けないとか」
「そりゃ、困ったもんだな。軍隊なら、もっと頼りになると思ってたぜ」
町で必ず武器防具の店があるように、個人で武芸を身に着けている人は少なくはないが、専門家によるしっかりとした訓練や武装をしている王国軍に比べれば、やはり不安が残る。だからこそ、一般人は軍隊を信頼しているのだが、その軍が魔王軍に対し後手に回っている現状にヨシュが落胆するのも無理はないだろう。
「王都付近は頻繁に魔物が出るから、余裕がないんじゃない? 兵隊さんだって、訓練とか必要でしょ?」
実際に歩いてみると分かるが、他の地域と比べるとクランド付近の魔物の数は異常なほどに多い。故に、兵達の負傷や死亡も多く、人員の確保や育成にも時間が取られがちなんだろう。それは王都に住んでいる人間もある程度は理解しているのか、不満の声を上げつつもどこかでは諦めている現状があるようだ。
「そう考えると……この国、思った以上に危険な状況なんですね」
「……早く、魔王を倒さなきゃね」
「そうね、わたしたちで綺麗さっぱりやっちゃいましょ!」
まだ一つの基地を壊滅させただけのニールくんたちだが、先の事を考えると、このやり取りすらも彼らの使命感を強くした一因なんだろうと私は考えていた。