第9話
翌日、チュニスから出発しようとした私たちの前に、再びあの男が立ち塞がった。
「――で、なんであなたがいるのよ」
「スケールのデカいことしようとしてんだから、戦力がいるだろ? オレも魔王には恨みがあるし、付き合うぜ」
私は知っていたことだが、旅支度を済ませたヨシュが町の入り口で仁王立ちしていたのだ。
それを視界に入れた瞬間から思い切り嫌そうな顔をしているフィーと、目を輝かせているニールくんの対照的な反応の差には、思わず変な笑いが出てしまいそうになる。ここから恋をする事になるなんて、大変な女の子だ。
彼女の反応には若干のツンデレの気配もあるかもしれないけど、そんなことでわざわざ私がレッテル貼りをする必要もないため、それ以上何かを考えるのは止めた。
「いいの?」
「ああ、基地のあいつらを倒したところで根本的な解決にはなんねーしな。それに、おまえらのことも気に入ったし」
「そっか……じゃあ、よろしく」
「おう、よろしくな」
嬉しそうに微笑むニールくんとヨシュが勝手に握手を交わしたことで断る隙を失ったフィーは、溜息を漏らしながら首を振り、嫌々ながら手を差し出していた。
「……わかったわよ。よろしくされてやるわよ」
「フィー……」
フィーの手をがっしりと掴んだヨシュに少し怯んでいたようだったが、強がっているのか彼女が何かを言うことはない。その様子を近くで眺めていたニールくんは苦笑を浮かべていたものの、余計な諍いを避けるためか、わざわざ指摘することはないのだった。
「ふふ、照れているんでしょう。私の事も、よろしくお願いしますね」
「ああ、世話になるぜ」
「……じゃあ、まずはクランドに行こうか」
最後に私とヨシュが握手を交わしたことを確認すると、ニールくんは話を切り替える様に声を上げる。次の目的地は、チュニスとウルムの間に位置する王都・クランドだ。
賑やかな旅を予想しながら、私たちはチュニスを出発した。
◆◆◆
「わあ! おっきいねー!」
それから一週間ほど経った頃、私たち一行は王都クランドに到着した。
ここは王都と呼ばれるだけのことはあり、町の規模はチュニスとは比較にならないほど広く、実際のマップもチュニスの倍から三倍程度はあった筈だ。当然店以外の施設も多く、民家の集まっている区域や、工場が集まっている区域などの区画整理もされている。
そして、町の中心には王族が住まうお城もあった(といっても、ニールくんたちはお城に入ることはおろか、王族に近付くことすらないのだが)。
「王都ですからね。人も技術もここに集まるんでしょう」
「居住区域、工業区域、商業区域、お城の四区画に分かれてるんだ……分けられるぐらい沢山あるなんて凄いなぁ」
町の各区域の入り口には、簡易地図が建てられている。それを眺めながら感嘆を漏らしていたニールくんの様子は、田舎から出てきたばかりの子のような反応にしか見えずちょっと可愛かった。
一方、クランド出身のフィーは特に変わった反応を見せることもなく、町の中を黙って眺めていた。
「へえ……そんなに分けることもないのにな」
「利便性と効率を求めた結果ですね。工場の騒音や煙などで問題になるので、居住区とは離したいという意見が出るでしょうし、商業施設はまとまっていた方が買い物がしやすいでしょう? それに工場同士で連携している場合は、近い方が作業もはかどりますし」
「なるほどなー」
分かっているのか分かっていないのか、判断しづらい反応を返しながらうんうんと頷いていたヨシュの興味はすぐに近くの店に移ってしまったが、ニールくんは少し寂しそうに地図を見つめている。
「色んなものがあって便利だけど、広いと移動が大変そうだよね。ボクの村とは全然違うや」
「町には町の、村には村の良いところがありますから、比較には値しませんよ」
「うん……そうだよね」
故郷を思い出しているんだろうか。ニールくんは視線を落とし俯きかけてしまったけれど、慌てて私が声を掛けると困り顔のような笑顔を見せて小さく頷いたのだった。