第8話
「さてと。じゃあ、一旦チュニスに戻りましょ」
「そうだね、色々と補充しないと」
魔物たちが追ってくる気配がないことを確認した一行は、基地から離れチュニスに向かうために再び山間部へ向かおうとしていた。が、世話焼きというかお兄ちゃん気質なヨシュがそれを黙って見送れる筈もなく、私たちの行く手を遮るように仁王立ちして道を塞ぐ。
「じゃ、オレも一緒に行ってやるよ」
本人は自信満々な顔でそんなことを言っているけど、結局のところ私たちと彼は行き先が同じなだけだ。だが、それについて誰かから突っ込みが入ることはなかった。
「家に帰るんじゃないの?」
「おまえらだけじゃ心配だからな」
「なによ、ニールのことは褒めてたくせに」
ヨシュ一人と比較されるのも癪とはいえ、小柄な美少年のニールくんや華奢な少女のフィー、そして細身の私――と、私たち三人はお世辞にも屈強そうには見えないんだろう。そういう意味でならヨシュに心配されるのも分からなくはないけれど、フィーは納得いかないらしくあからさまに不機嫌な表情を見せていた。
が、デリカシーとは無縁の存在であるヨシュにそんなものは効かず、一切悪びれた様子もなく彼はただ笑っているだけだった。
「あはは……ヨシュの家は、チュニスなの?」
「ああ、チュニスの奥の方だ」
「奥の方って……ほとんど山じゃない」
「山だからな」
ヨシュは、チュニスの町外れに家族と共に住んでいる。チュニス基地とは町を挟んで反対側の方角にある山の麓のため、本来なら基地の魔物たちと遭遇することすらほとんどないのだが、彼と妹は偶然町に出てきており、更に運の悪い事に妹だけ突出して少し町から出てしまったらしい。そこを魔物に襲われたというのが、ヨシュの妹が殺されてしまった事件の全貌だった。
「まあまあ。行き先が同じなだけですから、そうかっかせずに」
「むー……」
基地での出来事を引きずっているのか、それとも別の感情で素直になれないのかは私にも分からないが、フィーは頬を膨らませてさっさと先に進んでしまう。
それには、終始宥めていたニールくんも苦笑を浮かべるしかないようだった。
「……彼女、今までもあんな感じだったんですか?」
「ううん、ずっと親切で優しかったんだけど……ヨシュに攻撃されたの、根に持ってるのかな」
「なるほど、なくはなさそうですね」
ゲームで彼女がここまでヨシュに不満を向けていた記憶はないが、ゲームで表現されないだけで、本当はこういうやり取りがあったのかもしれない。そう思うことで、ヨシュとの邂逅から始まる変化や違和感に納得することにした。
◆◆◆
二日後、チュニスに戻った私たちはヨシュと別れ、宿で一休みしていた。
「じゃあ、今日は泊まって明日の朝出発しましょ」
本音を言えばもう数日休みたいところだけど、本来なら休みなしで次の町に向かうところだから、少しは猶予を貰えている方だ。精神的な疲労感はあるものの、肉体的にはそれほど疲れを感じていないからか、ほんのわずかな休息でも譲歩できたのは幸いだった。
「うん、今日の買い出しはボクが行ってくるね」
「あ、なら私もご一緒させてください」
「ありがとう」
「オッケー よろしくね!」
チュニスに戻る間に多少機嫌も直ったらしいフィーは、既にいつもの元気な女の子に戻っている。道中、全く気にしていない様子のヨシュと不機嫌そうなフィーのやり取りは、見ているこちらだけハラハラとさせられたが、終わってみれば面白い経験だったかもしれない。これが後に、フィーの片想いに変化するのかと思うと不思議な感じもするけど、女の子の心は複雑怪奇だからそういうこともあるんだろう。
とりあえず追及する理由もないため、私はニールくんとの買い出しと洒落込むことにした。
最初にチュニスに来た時はほとんど宿の中にいたから町の様子を見ることは出来なかったが、実際に歩いてみると活気があり、武器防具屋やアイテム屋以外の店も沢山あった。そういう光景を見ていると、この世界をゲームだと言ってはいたけれど、ここにもちゃんと命も歴史もあって人の営みがあるノンフィクションなんだな――なんて改めて思い知らされる。だからこそ、外から来た私が適当なことをしてこの世界を乱してもいけないんだ、と気を引き締めた。
「えっと……これで終わりかな。ありがとう、アキさん」
「いえ、このぐらいの事でしか役に立てませんから」
買い出しのメモと内容を照らし合わせていたニールくんは、全て買い終えたことを確認すると肩の力を抜いて頭を下げる。荷物持ちをしていただけの私が本当に役に立てたのかは分からないが、ニールくん本人がそれで良いと言うのだから仕方ない。
「そんなことないよ、魔法もすごかったもん。使い方は思い出せたの?」
「いえ、それが全く……もしかしたら、もっと強い魔法も使えるかもしれないんですが……」
「そっか……でも、ゆっくり思い出していけばいいと思うよ。焦ったら、出来ることも出来なくなるってお父さんも言ってたし」
実際のところ思い出すも何もないのだが、忘れているという設定にしている関係上、こういうやり取りは必然的に起こってしまうようだ。少し良心が痛むけれど、今はどうしようもない。
そんな複雑な事情で自重する私に対し、ニールくんは本来話題に出すのも辛い筈の両親の話を自ら持ち出し励ましてくれる。健気で良い子過ぎて、こっちまで辛くなるけれど、どうしようもなく嬉しかった。
「そうですか……いいお父さんですね」
お父さんを褒められて嬉しそうにはにかみながら頷いたニールくんに、胸を締め付けられるほどときめきを感じながら、顔に出さないように私は密かに歯を食いしばった。