第4話
その後、気分転換に宿の外に出た私は、とあることの確認のために今度は人気のない町外れで佇んでいた。
「うーん…………こう、かな……?」
何故か持っていた魔石の中の一つ、赤い石を握りしめてうんうん唸っていたところ、急に頭がすっきりとして自分でも何が起きたのか分からない間に、目の前には手の平ほどの大きさの炎の球が現れる。そう、私は自分が魔法が使えるのか試すために、こんな所で唸っていたのだ。
魔法を使うと一口で言っても、詠唱とか魔力とか精神力とか適正とか、そういった現代人にはよく分からない多くの要素が必要なため、そう簡単に使えるとは思っていなかったのだが――
「うわっ……でた……!」
この火球は間違いなく、自然現象ではない。そしてこの場には、私以外の人間もいない。つまりこの火球を出したのは、私の魔法ということになるのだろう。多分。
それにしても、この火球はどうすれば消えるんだろう――と、試しに今度は青い石を握って「水出ろ~」と心の中で念じてみると、突如火球の上に水が現れ、火球は見事に水で消されてしまった。なんだか、ものすごく簡単に使えてしまったけれど、この世界の魔法ってこんなので本当にいいんだろうか。もう少しこう、格好よく詠唱とかするものじゃなかったかな。
「すごい! あなた、本当に魔法使いなのね!」
そんな予想外の肩透かしを食らって脱力していたところに急に女の子の声が響き、柄にもなく飛び跳ねかけてしまった。
「……ふたりとも」
「ぼ、ボクは止めたんですけど……」
「ごめん、ちょっと覗いちゃった。魔法使いって見たことなかったから、気になっちゃって」
「構いませんよ。私も驚きましたから」
特に困りはしないけど、ニールくんとフィーに覗かれていたらしい。フィーは駆け寄ってくると、興味津々といった様子で目を輝かせていたが、ニールくんの方は申し訳なさそうに頭を下げている。こういう対照的なところは、主人公とヒロインらしいなと改めて思う。
「やっぱり、魔法が使えることも忘れちゃってたの?」
「ええ……まあ、そんな感じです。でも無事使えて何よりです」
やはり、部分的な記憶喪失という設定にした私の案は名案だった。こうして思いがけず魔法が使えてしまって、且つ動揺していても全く怪しまれないのだから、我ながら天才か何かなんじゃないかと自画自賛したくなる。
そんな自己満足に浸っている私のそばに立っていたフィーは、急に「あ」と声を上げると突然私と向き合った。
「ねぇ、アキはこれからどうする? わたしたち目的があるから、明日にはこの町を出ちゃうけど」
魔法が使えたことでうっかり思考から飛んで行ってしまっていたが、そういえば、ここがチュニスであることも、自分が根無し草であることも忘れていた。
たしかこの先、二人はチュニス地方にある魔王軍の基地に潜入する筈だ。ということはダンジョン、つまり戦闘があるわけだ。本来なら思い切り悩むところだろうけど、その時の私は驚くほど楽観的だった。
「そうですね……もしよければ、おふたりのお手伝いをさせていただけませんか?」
「え……でも、危ないですよ。ボクたち、魔物の基地に行くのに……」
「それでも構いません。ここまでお世話になったのに何もお返しできないのは、私も心苦しいので」
魔法が使えるし何とかなるだろう、という舐めきった考えで、二人についていくことに決めたのだ。
「えっと……魔法が使えるなら、すごく心強いけど……どうする?」
「わたしは問題なし! でも、理由と目的ぐらいは説明させてもらうわね」
あまり気乗りしていなさそうな主人公と、乗りのいいヒロインと、私の三人はその場に座り込み、既に知っているこれまでの経緯と、二人の目的に耳を傾けることになったのだった。
◆◆◆
「そうですか。お二人は、ご家族や故郷を……」
「うん。だから、ぶっ潰してやろうって思ってるの!」
空気が重くならないように気を遣ってくれているのか、わざとおどけた調子で話を締めたフィーだったが、本人の背景はやはり重いため、その勢いもすぐに落ち俯いてしまった。
「……それでも、一緒に来てくれるの?」
「そういうことなら尚更、ご一緒させてください。お二人についていけば、私のこともなにか分かるかもしれませんし……恩人のお役に立てるなら、これほど嬉しいこともありません」
「あなた、結構情熱的ね……わかった、もう止めないわ。よろしくね、アキ!」
何をどうしたらいいのか分からないが、とりあえず二人についていけば死ぬことはないだろう。という甘い考えを抱きながらアピールしてみたところ、思いがけずフィーの反応がとても良かった。
基本的には気丈に振る舞っている子ではあるけど、やっぱり二人きりで戦っていくのは不安だったのかもしれない。明らかに即戦力とは言い難い記憶喪失設定の私であっても、家族を失った彼女にとっては、ニールくんと同じく貴重な仲間だったのだろう。
そんなフィーに連れられ宿へ戻ろうとした私を、黙って話を聞いていたニールくんが引き留める。
「……あの、本当にいいんですか?」
「はい。あ……ですが、迷惑だと言うのなら諦めますけど……」
彼は、記憶のない私を戦いに巻き込むことを嫌がっていたみたいだった。私が彼の立場でも同じように考えるだろうから、フィーの方が前向き過ぎるのかもしれないけど、背景を知っていれば二人の気持ちはどちらも理解できなくはない。
「そ、そんなことないです! でも……アキさんは、無関係なのに……」
「恩人の敵は、私の敵――ということで、納得してはもらえませんか?」
「……えっと……うん、そう言ってもらえるなら、お願いします」
「ええ、こちらこそ」
でも、私が頼み込むと、結局ニールくんも折れてくれた。
故郷を魔物に滅ぼされた彼だからこそ、戻る場所も行く場所もない私の気持ちを理解してくれたのだろう。何のためにこの世界にいるのかも分からず、本当ににっちもさっちもいかない状況だから、彼が折れてくれて本当に助かった。