第2話
チュニスの宿にチェックインした私たちは、一部屋に集まっていた。
それは私を休ませるためだったが、私の着ていた服はあちこちが破けてボロボロで悪目立ちするから、という理由もあった。特にお腹の辺りが引き裂かれたように大きく破れていて、宿に入った時も受付のお姉さんや周囲の利用客に心配されたほどだ。
正直、破れた服のまま公衆の面前に晒されるのは自分でもちょっと恥ずかしかったから、この気遣いは本当に助かった。
「……さてと、ちょっとは落ち着いた?」
「そうですね……」
「じゃあ、そうね……気になったこと、教えてくれる?」
「何故、ここに私がいるか……ですね」
それは、“この世界”にいたことにかかっている言葉だったけれど、二人には“チュニス付近”にいたことだと受け止められた。勿論、チュニスにいたことも全く分からないのだから間違いじゃないし、世界の話をしたところで信じてもらえるか分からないから、今は黙って彼らに話を合わせるのが一番だ。
それに、「二人は架空のキャラクターなんです」なんて言ってショックを受けられても困る。こっちも良心が痛むし。
そこからは、故郷やチュニスに来る前はどこにいたか、といった本来なら簡単な質問を受けたが、元々直前まで別の世界にいた私にとってはどれもこれも分からず、首を横に振ることしか出来なかった。
「……やっぱり、記憶喪失じゃない?」
「うん……ボクもそう思う」
質問全てに「分からない」と答えた以上、そういう考えに行き着くのは当然だと思う。いっそ、記憶喪失ということにしておけばいいかな、なんて考え始めていたが、それはそれで色々と制約が付き面倒そうだと考え直した私は、ある案を思いついた。
「チュニスがどんなところかは分かってる?」
「……ええ、王都クランドの北部に位置する町ですよね」
「うん、正解。ってことは、身の回りの事だけすっぽ抜けちゃったってことかしら」
そう、自分の事だけ分からなくなったという設定でいく案だ。こうすれば、どこかでうっかり知識披露をしてしまっても誤魔化す必要がないし、身の回りのことが分からなくても不審がられないし、一石二鳥だ。
後から冷静に考えれば、一体何のためにここまで自分の設定を作りこむのかまでは流石に考えていなかったけれど、この時の私の中では名案だった。多分、顔に出なかっただけで、物凄く動揺していたんだと思う。
「なにか、頭に大きな衝撃を受けたのかも……服もボロボロだし」
「そこよね……服がボロボロなわりに、傷ひとつないのが不思議だけど」
二人の言う通り、私の着ている服はまるで「襲われました」と言わんばかりに破れていたが、どこにも怪我はないらしい。たしかに自分でも見つけられなかったし、自分では見えない背中にも一切何もないと言われたから、本当に傷一つないんだろう。
服だけ破れることはなくもないけれど、ここまで盛大に破れていて傷一つないなんて起こり得るものなのか。私は勿論、二人も首を捻っていたが、いくら考えたところで疑問の解決には至らなかった。
「うーん……あ、そうだ。アキさんは、なにか武器を持っていますか?」
「武器、ですか……そういえば、こんな物が懐に……」
「これって……」
身分証を探している時、別のポケットに何か物が入っていることに気付いていたため取り出してみると、透明で色の付いた小さな石がいくつか出てくる。“武器”とは言い難いとはいえ、それらしいものはこのぐらいしか持っていなかった。
でも、それを見たニールは小さく歓声を上げる。
「あ、ボク分かるよ。魔石じゃないかな? しかも、一般的な属性の魔石は全部揃ってるみたい」
「ってことは、魔法使い? すっごく頭が良い人じゃない!」
「はぁ……そうなんですね」
【魔石】というのは、この世界の魔法使いが使うアイテムだ。魔力の増幅にも使うが、石を通して使う魔法の属性を操作する効果もあるらしい。そんな物を何故私が持っているのかは分からないし、本当に私の持ち物かも怪しい。だからこそ、フィーの言葉に対し否定も肯定も出来なかった。
そもそも、私は現実世界の人間だから魔法は使えないし、魔法使いなわけがない。
「そうなんですねって……なんだか、頼りないわね……」
「さっきまで倒れてたんだから、無理もないよ。今は、少し休んだ方がいいと思うな」
私の言動に呆れるフィーとは対照的に、ニールはあまりにはっきりしない私の態度を疲労や混乱によるものだと判断し心配してくれた。こんな状況になって私も冷静じゃないため、休ませてもらえるなら助かる。というか、考える暇と確認する時間がほしいから、少し一人になりたい。
「それもそっか……よし、今日はここでゆっくりしてて! 替えの服はニールが買ってくるから」
「え、あ、うん。そうだね……変な服になっちゃったら、ごめんなさい」
同い年ぐらいの子たちに何から何まで世話になってしまって少し申し訳なく思いながら、厚意には大人しく甘えて置くことにした。