第7話
食堂に全員が揃うと、すぐに今後の予定について話し合いが始まった。
一週間以上も留まり休息も十分なこと、ロアの精神状態も回復してきていること、そしてエディとの邂逅により魔王軍の動向が気になってきたため、そろそろ出発しようということになったのだ。更に付け加えるなら、グレイの弟の情報もないことから、これ以上の滞在は無意味だという理由もある。
「さて、出発は明後日の予定だが、問題はないか?」
「大丈夫だよ」
「わたしも」
十分すぎるほど休めたことで満足しているのか、それぞれ首を縦に振り誰も異議を唱えなかった。勿論、俺も文句はない。むしろこんなにゆっくりするとは思わず、内心焦っていたぐらいだ。
「なら、あとは自由時間にしましょう。でも、街からは出ないようにね」
「うん、わかった」
◆◆◆
樹海への入り口に向かうその姿を見つけたのは、宿を出てすぐの事だった。
自由時間と言っても暇つぶしになるようなものもなく、久々にニールに稽古をつけてもらった後、適当に街をブラブラするつもりで出てきた俺は、大慌てでそいつの腕を掴んだのである。
「ロア、そっちは駄目だぞ」
「ハルお姉ちゃん……」
俺が稽古をしている間何をしていたのかは知らないが、幸か不幸か俺に見つかったのはロアだった。大方エディを探しに行こうとしていたんだろう。しかし、数日も前にエディは樹海を出ており、そもそもこの地方にはいない。探しに行くだけ無駄というものだ。
「もう森から出て行ったって聞いただろ?」
「うん……」
「大丈夫だ、またちゃんと会えるって」
「ほんと?」
何も知らない人間が同じことを言うなら、これはただの気休めになるだろうが、俺は親子がまた会えることを知っている。それに、先を知らなかったとしても、エディの立場を考えれば会える可能性が高いことは、容易に予想できるだろう。
だから、この行為による支障はない筈だ。
「ああ、だから今は先に進もうぜ。みんなもついててくれるしさ」
「……うん、わかった…………あたし、メディナお姉ちゃんのところにいくね!」
「おう、気を付けろよ」
樹海とは反対の方向に向けて駆け出した少女の背中を眺めていると、大通り脇道から一人の男が姿を現す。そいつはロアの姿を一瞥した後、ごくごく自然な笑顔で俺に歩み寄ってきた。
「優しいんですね」
「いや、そういうわけじゃねぇけどさ……」
子供相手にちょっとかっこつけたところを見られていた気恥ずかしさから顔を逸らした俺を見て笑いながら、アキは俺にだけ聞こえる小さな声で囁く。
「私たちは所詮異物です。だから、あまり深く干渉しない方が、いいと思うんです」
「それは分かってる。でも、お前もそれなりにやってきてるだろ?」
「まあ、否定はしませんが……」
ニール相手にあれだけテンションを上げていた奴の台詞とは思えないが、俺達がこの世界にとって異物であることには変わりない。どんなに登場人物に入れ込んだって、ここはゲームの世界だし、俺達はゲームの外の現実世界の人間だ。頼るものが無いため仕方なく一緒に旅をしているが、本当なら俺達だけでこの世界から脱出する術を探さなければいけない程度には、関わりを持ってはいけないのかもしれない。
現に、俺達が関わったせいかは分からないが、ゲームとは少し違うところもある。そういうことを自覚する度に、何ともいえない恐怖のようなものを感じているのも事実だ。俺達がこの世界を壊しているような気がして仕方がない。それでも、勝手に体が動いてはしまうんだが。
「一応、この世界に害がない程度にはしてるつもりだけど……いつ戻れるようになるか、わかんねぇしな」
俺達が戻れた場合、この世界がどうなるのかは分からない。このまま進むのか、ゲームみたいにリセットされるのか、まるで予想出来ないとはいえ、異物なんてない方が良いに決まっている。
「…………私たち、戻れるんでしょうか」
「そこは悲観するなよ。生きるのが辛くなるだろ……」
「……私は、このままここにいることになっても――」
「だー! だから、悲観すんなって! 俺はこのままなんて、死んでも御免だぞ!」
少女の姿のままゲームの世界の中で一生を終えるなんて、拷問か何かだ。家族や友人、元の世界で積み上げたものや、好きなものに全く触れなくなるなんて、考えただけで震えがくるほど恐ろしい。そんな最悪の想定は、絶対に頭の片隅にでも置いておきたくはなかった。
そうしていたからこそ、俺はここまで何とか生きてこれたのだ。
「……そうですね、本当に」
だが、どうやらアキは悲観的な考えを拭い去ることが出来ないらしく、どこか諦めたようにも見える表情で遠くを眺めていた。