第2話
「……あのさ、俺はひとりで入るって言ったよな」
俺は今、風呂の出入り口で立ち往生していた。
この宿に宿泊してから数日間、様々な言い訳をしつつ絶対に女性陣とは温泉を共にしなかった俺だが、今日は遂にフィーにつかまってしまったのである。
「いいじゃない! せっかくの温泉なのよ、みんなで入りましょ!」
「いや、俺ひとりがいいって……ああ……!!」
いくら俺が怪力であっても、女の子に怪我をさせるわけにもいかず、フィー相手に本気で抵抗することができなかった。そんな俺の嫌がりように、ブランタに着く前は楽しみにしていただろう――と疑問も浮かぶだろうが、実際に入るとなると罪悪感に苛まれて、とてもじゃないが女体を目に焼きつける心の余裕なんてない。その上、フィーとロアなんて未成年だ。倫理的にも見るわけにはいかないだろう。
そうしてためらっている間にどんどん脱衣所に引きずられていき、結局はめくるめく女の花園へぶち込まれてしまったのであった。
拝啓、父さん、母さん。あなたがたが二十余年間大事に育ててくれた息子は今、美少女の体で女風呂に入って仲間の裸を見ています。目の保養だけど、正直申し訳なくて死にそうなので助けてください。
「もう、どうしてそんなに嫌がるのかしら?」
「……シャイなんだよ。察してくれよ」
「自分で言う?」
既に露天風呂に浸かっていたメディナに不思議がられながら、湯船の端に入って目を逸らしていた俺だったが、フィーは俺を解放するつもりがないらしく、隣に陣取られてしまった。心底心臓に悪いが、全員タオルを巻いていてくれている事だけが救いである。
まあ、約一名ほどタオルが意味をなしていない美女もいるが。
「それにしてもハル……でっかいわねー」
「ま、まあな」
今まで頑なに拒んでいたからか、俺と一緒に風呂に入れるのがよほど嬉しいらしく、フィーは全力で俺に絡んでくる。だが、俺の胸を指差しニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるその絡み方はおおよそ少女のそれではなく、控えめに言ってもただのエロオヤジだ。まさか、ここに着いてからメディナも同じ目に遭っていたのだろうかと思わず視線を向けてみると、視線が合った瞬間メディナに不敵に微笑まれた挙句に鼻で笑われた。
どうやら俺の予想は間違っていなかったらしいが、身代わりとして俺を差し出すのは流石に酷い、酷すぎる。でも、そんなところも好きだ。
「メディナと同じぐらいある?」
「……見比べないで」
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
たしかにメディナは大きい、それはもう大きいのがふたつ並んでいる。だが、俺のも負けず劣らず大きい。比較すれば多少のサイズ差も分かるかもしれないが、実際に隣に並んで比較する勇気は今の俺にはなく、周囲の目から隠すように湯船に体を深く浸からせるしかなかった。
生まれ持ったものではない体のこういった特徴は、妙に恥ずかしいのである。
「……フィーお姉ちゃんは……ぺったんこだね」
「ロア、いいの。わたしはいいのよ……いずれ大きくなる予定なんだから……」
なんとも物悲しい会話だ。男でも別の部位に対し似たような会話は起こらなくもないが、どちらもただ悲しいだけで話題に出すのもなんというか、つらい。
悪意のないロアの指摘を受け、悟ったような目で遠くを眺めるフィーの横顔は、年不相応の哀愁が漂っていた。
「貴女より年下のハルが、そのサイズなのに?」
「…………ハル、どうやってそんなに大きくしたの……?」
「いや、知らねぇよ……」
「揉むのがいいって聞くけど」
「メディナぁ……!?」
何故かは知らないが、今日のメディナは妙に意地が悪かった。たまに年の近いグレイに対してそういう態度を取ることはあったが、何故(表面上は)十歳近く年下の俺にまでそんな意地の悪さを発揮してくるのか分からない。もしかすると、俺が子供らしくない性格をしていることに起因するんだろうか。
それにしたって、いくらなんでもこの状況はセクハラが過ぎると思うが、仲の良い女の子同士というのは、平然と胸の話をするもんなんだろうか。男として生きてきた俺には未知の領域過ぎて、理解が追い付かないことばかりである。
「揉んだの? ハルも揉んだのね!?」
「誰が揉むか――って、おいやめろ! 触んな! やるなら自分のでやれ!!」
「ないのにどうやって揉むのよ!」
「嘘つけ! ちょっとぐらいあんだろ!」
必死の形相で俺に抱き着いてきたフィーは、あろうことか俺の胸のでっかいものを鷲掴みにした上、揉み始めたのだ。それ自体は別に痛くも痒くもないが、いかんともしがたい羞恥心と煩わしさとくすぐったさがどうにも我慢できない。思わず叫んで暴れたくなるのも無理はないだろう。
「ちょっと、なによこれ……! あ、ロアも揉んでみる?」
「え……はずかしいよ……」
「そうだよな! ロアは羞恥心があって偉いな!」
揉みしだきながらフィーの奴はロアまで巻き込もうとしたが、流石に快く頷く筈もなく、メディナのそばまで逃げてしまった。これが本来あるべき正しい反応だろう。
案外子供であっても常識を持っていてくれているものなんだと感心しながら、一方で常識と羞恥心を捨て去った高校生程度の年齢の少女の両手は一向に離れる気配はなく、いつまでもしつこく揉んでいる。いい加減、少し痛くなってきた。
「しゅう……?」
「恥ずかしいって感じることを、羞恥心っていうのよ」
「そうなんだ……おしえてくれてありがと、メディナお姉ちゃん」
「どういたしまして」
年相応らしく難しい言葉が理解できないロアと、それを指南するメディナのやりとりは微笑ましいが、セクハラ被害に遭っている俺のことは総スルーである。
そんな現状に、そろそろ俺も限界だった。
「そんな話はいいから早くこいつを止めてくれ!」