第8話
「――やっと思い出したわ」
唐突に声を上げたのは、今までずっと黙りこんでいたメディナだ。普段なら積極的に会話に参加している筈の彼女は、樹海から帰還して以降ほとんど口を開いていなかった。その様子に、ニールなどは怒っているのではないかと怯えていたが、実のところ、彼女はずっと過去の記憶を探っていただけだった。
「思い出した?」
「あの、エディって男。十年程前までは、稀代の魔法使いとして有名だった人物よ」
メディナ曰く、十年前に魔石を使わずに回復や攻撃全ての魔法を使いこなし、魔力も右に並ぶものがいないほどの天才がいたらしい。それが、樹海で会ったエディなのだ。彼女が顔を知っていたのは、たった一度だけ面識があったからだ。
若き天才魔法使いと、稀代の魔法使いなんて師弟関係でも結んでいそうな肩書きだが、二人の邂逅はここブランタに行楽に来ていたエディと、ここに住んでいたメディナが偶然出会っただけという、ロマンもへったくれもない邂逅だったはずだ。言葉もろくに交わしていないため、メディナが思い出すまでに時間が掛かったのも無理はないだろう。
「……ってことは、とんでもない魔法使いなのか?」
「ええ。あの魔力の強大さ……押し負けてもおかしくなかったわ。まず、間違いないでしょうね」
「十年前ということは、ロアが生まれた辺りで引っ込んだ、か……」
「急に身を隠したらしいから、結婚かロアの誕生が関わっているかもね」
その辺りの事をロアが知っていればよかったのだが、流石に十歳の子供の耳に入るような話題ではなかったらしく、みんなの視線を感じると首を横に振り膝を抱えてしまう。展開上不便であるとはいえ、親の抱える重い事情についての話を控えたエディの配慮は十分理解できる。
実際のところは、“重い”というよりは“危ない”と言った方が正しいが。
「……ま、ここで膝を突き合わせても仕方ない。元々数日滞在するつもりだったんだから、少し気晴らしでもさせてやろう」
「だな。ついでに、もう一回樹海も見ておくか」
「遺跡みたいに、マーキングされてたら危ないしね」
現状、マイタイトを破壊できるのはメディナとロア、そしてアキしかいない。その上、その内の誰もが単独では破壊が不可能だ。そういう要因もあり、出来る限り危険な要素は排除しておきたいというのが本音なのだろう。
結局その心配は杞憂には終わるとはいえ、その代わりにある意味もっと大事なものが見つかるのだから、全くの無駄ということはない。もっとも、意味が分かるのは先の話になるが、俺はその時までこの世界にいるんだろうか。
「うん。でも、それは明日にしよう。なんだかちょっと、疲れちゃったよ……」
今はまだ昼過ぎだ。いつもなら、危ないから今からでも確認しに行こうと言い出しかねないのがニールなのだが、エディと邂逅して以降ニールは顔色が悪く、表情にも疲れが見える。
他のみんなはエディやロアの事に意識を持っていかれていたため気付いていなかったようだが、その辺の事情が分かっている俺は様子が気になっていたのだ。ロビーに着いてからニールに視線を向けたり妙に落ち着きがないことから、間違いなくアキも気付いているだろう。口にしなかったのは、余計な干渉をしたくないからだろうか(その割には、やたらとニールに干渉しているように見えるが)。
「おまえがそんなになるなんて珍しいな。ま、風呂でも入って少しゆっくりしようぜ」
「じゃあ、解散ね。単独行動する時は、誰かには声を掛けるのよ」
ここでようやく他の面々もニールの様子に気付いたらしく、重苦しい空気を取り払うように笑い掛けながら肩を叩いたヨシュを筆頭にその場を立つと、気分転換にそれぞれ出掛けて行ったのだった。