第6話
にこにこと擬音が付きそうなほど満面の笑みを浮かべている男は、おもむろに左手を上げた。すると、俺達が通り抜けてきた方向とは真逆の木々の中から、魔物が一斉に姿を現したのである。
つまり、こいつが引き連れてきていたから、この樹海に魔物が集まっていたように見えていたのだ。とんだ百鬼夜行である。
「……パパと、おんなじ名前…………」
既に臨戦態勢に入ろうとしていたヨシュやグレイとは対照的に、ロアは逃れるように後退りぽつりと小さくそう呟く。だが、その声は彼女のそばに立っていた俺とニールの耳にしか届かなかった。
「君達には、本当に迷惑しているんだよ。僕らの拠点を二つも潰した挙句、ブレンダン君まで殺しちゃっただろう? おかげで僕の仕事が増えて大変なんだから」
「人間が何故、魔王軍に加担している。気でも狂ったか?」
「酷いなぁ、人をキチガイみたいに言わないでよ。ちゃんと理由があって手伝ってるんだからね」
剣呑な雰囲気を感じ取ったのかグレイは槍を構えたまま男を睨みつけているものの、大変だという言葉とは裏腹にエディと名乗った男の言動は飄々としており、目の前の俺達の事どころか、基地やブレンダンの事もさほど気にしていない様にも見える。今も俺達に敵意を向けているのかといえば、実のところそうでもない。
だからと言って全く害がないかと聞かれれば、勿論害はあるため油断は全く出来ないのだが。
「なんだよ、理由って」
「ええっと…………あれ、なんだっけ?」
「……大丈夫かよ、コイツ」
「まあ、僕の種族や目的が何だろうといいじゃない。君達には関係ないよ」
はぐらかして馬鹿にしようとしているのかと思えば、本人も何故加担しているのか思い出せないらしく、大真面目に首を傾げてしまったため、流石にヨシュも敵意を忘れるほど呆れてしまったようだ。だが、それが良くなかった。
ヨシュが警戒を解いた瞬間、待ちかねていたかのようにエディの奴は指先から小さな光を飛ばしたのだ。それはあろうことか、ロアに向けて飛んでいってしまう。
「きゃあ!?」
「ロア!」
「っ……なによ、この魔力」
慌ててニールが駆け寄ろうとしたが、それよりも先にメディナが飛び出し魔法で作り出した壁で光を防いだ。しかしそれは見た目以上の威力があったらしく、僅かに押された彼女は体制を崩しかけたがなんとか持ち直す。
この世界でも有数の魔法使いであるメディナが押されるなんて、深く考えなくても異常だと気付くだろう。本人も自分に並ぶ魔法使いがそうそう存在しないことを自覚しているからか、信じられないものを見るかのようにエディを凝視していた。
「テメェ!!」
立て続けに仲間が狙われたことに堪忍袋の緒が切れたのか、ヨシュが男に殴りかかった。が、それは間一髪で避けられてしまった。
「おっと! 殴るのは止めてほしいなぁ、肉弾戦は得意じゃないんだ」
「子供ばっか狙っといて言えたセリフかよ!」
「はは、それもそうだね……でも、どうするんだい? ここの魔物達は全て僕の手駒だ」
威勢の良いことを言ったものの、エディの背後に控える魔物の数を再認識すると流石のヨシュも躊躇う。ぱっと見ただけでも、四~五十体ぐらいの魔物はいるだろうか。対するこちらはたったの八人、これを殲滅するどころかエディひとりにも手こずりそうなほどだ。今、事を構えるのは現実的ではない。
「……ちょっと、まずくない?」
「逃げてもいいよ? 今は、君達に用はないからね。まあ、次会ったら容赦はしないけど」
強者の余裕という奴だろうか。エディは笑みを浮かべたまま俺達を見渡し、そんな事を口にする。
ちなみに、こいつの用事というのは、街に魔物をけしかけることでもマイタイトを設置することでもない。それが分かっている俺は、当然今引いても問題ない事は理解していたため、呆然としたままエディを見つめていたロアを抱え、来た道を引き返すように駆け出した。
「じゃ、遠慮なく逃げるぜ!」
「あ、ハルさん!」
「ほら、早く引くのよ!」
「う、うん!」
何の迷いもなく逃げ出した俺を見て狼狽えた様子のニール達も、メディナの声に背を押され追ってきたようだ。流石に今回は砂漠の遺跡の時のように大人ふたりから咎められることはなかったが、追いついて来たヨシュとフィーは納得いかないのか不満げに文句を口にしている。とはいえ、勝機がないことは理解していたらしく、俺に対して直接何か言ってくることはないようだ。
結局、用はないと言っていた通り、エディは逃げ出す俺達に手出しをすることはなかった。