第3話
翌朝、用事があると言って先に出掛けて行ったメディナとロアを見送った俺とフィーは、食堂に向かう途中でグレイ以外の男性陣と合流し、宿の食堂へ入ろうとしたのだが――
「……なんだろう?」
「ロビーの方ですね。何かあったんでしょうか?」
どうにも宿内が騒々しい。
宿の食堂とロビーは同じ階にあるため、ロビー側の騒ぎの音がこちらまで聞こえてきたようだ。初めは俺達も気にしつつ朝食を食べ様子を見ていただけだったが、次第にロビーへ向かう人が増えてきたことで、遂に我慢できなくなった人物がひとり現れてしまった。
「わたし見てくるわ!」
勿論、フィーである。彼女は立ち上がったかと思えば止める間もなくロビーの方へ走り去ってしまい、気が付けば背すら見えなくなっていた。
「あ、おい! フィー!! またかよ……」
「あいつも好きだねぇ。メシぐらい食ってから行きゃいいのに」
「とはいえ、放っておくわけにも……野次馬してみますか?」
「あはは……仕方ないね……」
顔を見合わせた俺達はもはや笑うことしかできず、ヨシュはやれやれと首を振り呆れてしまう始末だ。こんな時に止めてくれそうな大人のメディナとグレイがいないものだから、俺達ではフィーを止めることが出来ないのである。
ちなみに俺は完全に子供扱いを受けているから、こういう時はそもそも話を聞いてもらえないポジションだ。多分元の姿でも彼女を止められるほどの威厳はないだろうが、それでも少し悔しいところだ。
◆◆◆
ロビーには宿の宿泊客や数人の町民が集まっており、真剣な面持ちで話し合いをしていた。俺達がロビーに辿り着くと、その人の群れの中でも目立つ青髪を揺らしていたフィーは、神妙な面持ちでその場から離れようとしていたところだったようだ。
「どうしたって?」
「あ、みんなも来たのね」
俺達の姿を見つけると、まるで意外だと言わんばかりにすっとぼけた顔をしてフィーは歩み寄ってきた。いや、なに。言いたいことは山ほどあるが、今は何も言うまい。
「近くの森に、魔物が集まってるらしいの。危ないから、極力宿から出ないように~だって」
「森に……」
「どっかで聞いたような話だな……」
近くの森というのは、このブランタの街のあるリンポス火山の麓から中腹ほどまで続く樹海のことだ。樹海と聞くと、俺が最初に目覚めた迷いの森のように迷いやすいのではないかと考えてしまいがちだが、観光地に面するからかこの樹海は登山をするだけなら道もしっかりと整備されており魔物もほぼ出ない場所のため、実は道なりに進むだけなら向こうよりもよほど安全だ。それでも、道を逸れれば途端に迷うことにはなってしまうが。
「また、マーキングされてるのかな?」
「そんなにあるもんか? たまたま用事があったんじゃねーの?」
ヨシュの意見は正しい。この魔物の集結は集まってきたのではなく、ただ移動してきただけなのだ。そのため、放っておいても魔物はそのうち勝手に別の場所へ移動するし、この街には一応なんの害もないのだが、そうは言ってもこれはロールプレイングゲーム。何か問題が起こればニール達の為になるものがほとんどであり、彼らは積極的に解決に向かいに行きたがるように作られているのだ。
「用事だとすれば、用事そのものが問題のような気はしますが」
「まあな……っても、いちいち首を突っ込んでたら、キリがないぜ」
「そうだね。今のところ、街の人に危害を加えてる感じじゃなさそうだし、ちょっと様子をみても――」
それでも、この面子の中では相対的に慎重派にあたるニールは俺の意見に頷き、食堂に戻ろうと踵を返しかけたその時だった。悲壮な少女の声が、ロビーまで届いてきたのである。
「今の声って……」
「ロア……!?」
早朝、メディナと共に出掛けた筈のロアの声、しかも泣き声が聞こえてきたのだ。それは宿の出入り口付近から聞こえてきているようで、ロビーに集まっていた人々の注意も次第にそちらに向けられていく。
一体何事かと慌てて駆け出したニール達に続き、事情を知っている俺とアキも顔を見合わせると、大人しく後について行くのだった。