第2話
「温泉って広いのね~ なんだか、いつもより長く入っちゃった気がするわ」
「ここ、あたしが前行ったところより広かったよ」
メディナのおすすめという事で、俺達は街の中でも山に沿い比較的高所に建てられた宿に泊まることになった。立地の時点である程度察してはいたが、出された食事も美味しく、部屋や風呂も広く温泉や露天風呂だけでなく水風呂やサウナまで設置してあり、明らかに値段の割には質が良い宿だ。それは幼いロアも察したのか、風呂の広さを指摘したところからも分かる。
そんな広々とした温泉を女性陣とは時間をずらし一人で堪能してきた俺は、ロビーのソファに座り涼しい顔で少女達の話を流しているメディナに視線を向けた。
「へぇ。じゃあ、良い宿なんだな」
「……なによ、その顔は」
「いや? あんたは本当に頼りになるな、って思ってさ」
思わず口元が緩んだことをしっかりと指摘されたが、彼女は気を悪くしたというよりは照れているようにも見えなくはない。とはいえ、図星でも間違いでも指摘した瞬間怒られそうだから、それ以上突っ込むつもりはなかった。
「……褒めても何も出ないわよ」
「別に、これ以上何も求めねぇって」
「うふふ、メディナったら照れてるの?」
「違うわよ……もう、大人をからかわないの」
しかし、当然そんな気遣いはフィーにはないため、脇目も振らずに突っ込んでいくところは流石としか言いようがない。加えて、調子の狂ったメディナはフィーの勢いに押され気味のようで、それほど強く拒む様子もなかった。子供特有の無邪気は、こういう大人ぶった大人にはよく効くらしい。
「……お姉ちゃん、お顔赤いよ?」
「ロア……」
そして、無邪気さで競えばニールと並び最強格のロアにまで絡まれてしまえば、普段のクールさも形無しである。流石に十歳の子供には強く出れないらしく、メディナは力なく肩を落とし首を振る。
「お、なんだなんだ? ケンカか?」
そんな俺達の声を聞きつけて、風呂上りに牛乳でも飲んでいたのか口の周りに牛乳ひげをつけた間抜け面のヨシュが顔を見せた。その後ろからぞろぞろと他の男連中もついてきたことから、こいつらは俺と同じぐらいのタイミングで風呂から上がってきたのだろう。
よく見るとニールとグレイなどは疲れた表情を見せていたため、ゲーム通りヨシュははしゃぎ回ったのだろうか。俺は正直見てみたかったが、あれを実際に相手するとなると少し気の毒かもしれない。
「違うの、実はメディナがね……」
「フィー、ちょっとこっちにいらっしゃい」
「じょ、冗談よ。冗談! あはは……」
反省した様子もなく面白がってヨシュに告げ口をしようとするフィーだったが、そこは流石に譲歩できなかったのかメディナも鋭い目つきで手招きしたため、愛想笑いをしながらフィーは後退っていた。最初からからかわなければいいのに――と言ったところで改善されるものでもないだろうが、その内痛い目を見るんじゃないだろうか。
「いやー 珍しいもんが見れたぜ」
「あまりからかったら、嫌われますよ?」
俺達全員がメディナをからかっていたように見えたのか、ニールとグレイを労い飲み物を取りに行っていたアキは、戻ってくるなり俺にそんな注意をしてきた。が、そもそも俺はメディナを褒めていただけでからかっていないのだから、見当違いもいいところだ。
「からかってねぇって。ちょっと褒めただけだよ」
「へぇ……」
「なによ、その顔は」
「いいえ、なにも」
結局、アキの奴も物珍しさが勝ったらしく、僅かに口角を上げながらメディナに視線を向けると、すぐ表情を引き締めて顔を逸らす。どう考えても、こいつの方が俺よりよほどたちが悪い。
「……アキさん、見たことない顔してる」
「あれが悪い大人だ。よく覚えておくんだぞ、ニール」
「グレイさん、ニールくんに間違った情報を吹き込むのは止めてもらえませんか」
「おお、怖い怖い……」
俺の眼前では女性陣とヨシュによるメディナとの攻防、そして背後では男達のやり取りが繰り広げられ、間に挟まれた俺は度々どちらの会話にも巻き込まれたため、しばらくその場から逃げるどころか動くことすらできなかった。