第8話
アピへ戻り、町長へ事の次第を報告し終えた俺達は、地図を広げながら今後の経路について打ち合わせを行っていた。ゲームでは休まずに先に進んでいたから、この辺も俺とアキの干渉による変化のひとつなのだろう。
「北東かぁ……アピからは、直接行けるのかな?」
「流石に一直線という訳にはいかないな。ブランタを経由する必要があるだろう」
一応地図上でも分からなくはないが、アピから本拠地まで一直線で行こうとすると高い山々がそびえ立っており、徒歩で進むには少々厳しい。それなら、一度北上してブランタを通過し東に進む方が、時間は掛かるが安全なのだ。といっても、場所が変わろうと山自体は通らなければいけないのが難点だが。
「っていうか、あんたこの先も一緒に来てくれんのか?」
「ああ、ロアが懐いているし構わんだろう?」
「……まあ、そっちがいいならいいけどよ」
アピまで案内すると言っておきながら、この先も同行するつもりで会話を始めたグレイに思わず耳打ちしたところ、特に現状に対し疑問を抱く様子もなく平然と頷かれてしまった。ゲーム内でも似たようなことを言っていたが、本当に旅は道連れ世は情けを地で行く男のようだ。
ちなみに、ロアの父親やグレイの弟の情報については特に掴めなかったらしい。
「ブランタはどんなところなの?」
「火山の麓にある街よ。あちこちで温泉が湧いているから、そこら中温泉宿だらけね」
「へぇ、温泉街ってことなのね。話でしか聞いたことないから、気になるわ」
ブランタは火山から流れる川を挟み多くの温泉宿が連なっている、まさに絵に描いたような温泉街だ。観光客も多く(といっても、この世界で呑気に観光が出来る人間なんて限られているが)、港町だったマリノやトルシアとはまた違った賑わいを見せている。
「温泉はね、すごくあったかいお風呂なんだよ」
「ロアは入ったことあるの?」
「うん、一回だけ。お外にあるお風呂が、すっごく広くてあったかいの」
ロアが話しているのは、露天風呂のことだろう。温泉と言えば露天風呂、というぐらい常識として馴染んでいる火山大国生まれの俺はともかく、温泉そのものに一切馴染みのない面々は、どんなものなのか想像もつかないらしく首を傾げていた。
というか、ここまではほとんど西洋風にまとめてきているのに、なんで急に露天風呂とかいうバリバリの和要素なんだ――という突っ込みは野暮なのだろうか。そもそも、どこかしらに和要素を入れがちなテレビゲーム黎明期の作品だから、そんな雰囲気の統一感なんて求めるだけ無駄なのかもしれないが、実際に世界を歩いてみて回っているとどうにも異質だ。
「温かいのはいいんだけど……硫黄臭いし、慣れるまでは大変だと思うわよ」
「ああ、あの匂いには俺も最初は驚いたな」
硫黄の匂いについても特に想像ができないのか、どんなものなのか問いかける少年少女達だったが、腐った卵のような匂いと説明された途端に露骨に顔を歪める。なにも行く前から子供の夢を壊すような真似をしなくてもいいのに、と思いながら視線をずらせば、あからさまにからかっている悪い大人のいやらしい笑みを浮かべたグレイが視界に入ったため、関わるのは止めておくことにした。
「温泉ねぇ……でもそれって、要はただの風呂だろ?」
「情緒のない言い方をすればな。とりあえず、行ってみれば分かるさ」
一方、現時点では温泉に一切の興味を示さないヨシュだったが、俺は知っている。実際には、こいつが最もはしゃいで暴れることを。ヨシュの手の平の返しようを、この目で見れないのが残念でならない。
「俺は結構楽しみだぜ」
「私も楽しみです。入る時間があればいいんですが」
「じゃあ、少し時間を取って休もうよ。フィーはどう?」
未だ見ぬ温泉に対して期待を膨らませる一行を冷静に眺めていたつもりだったが、そもそも温泉なんて旅行でもしない限り滅多に入れるものではないから、正直俺も楽しみだった。
邪な理由を付け足すなら、ブランタには温泉イベントが存在するため、そういう観点から見ても楽しみではある。
「私は一ヶ月ぐらい休みたいかなぁ」
「それは休み過ぎ」
「もー! 冗談よ!」
「あはは、ちょっと時間を取ろうか」
急ぐ旅ではないとはいえ、そう悠長にもしていられないだろうに呑気なものだ。と言うのは簡単だが、途中参加した俺以降のメンツはともかく、ニール達は既に一ヶ月以上は旅を続けているのだ。少しぐらい休んだってばちは当たらないだろう。
それを知らされているからこそ、普段ならもう少し厳しい意見を言うメディナであっても、俺達の意見に口を挟むことはなかった。