第7話
「さ、これだけ分かれば十分だわ。もう行きましょう」
「ああ、そうだな」
現代の地図と位置関係をすり合わせながら本拠地までの距離を確認し終えた一行は、あとは契約通り魔物退治をしながら町に戻るため、建物から出ようとしていた。
「ねぇ、これなあに?」
そんな時、建物の角の瓦礫の陰になっている場所でロアが何かを見つけたらしく、俺の服の裾を引いてくる。その役割は俺じゃなくてグレイだろう――と言いたい気持ちを堪えながら彼女が指差す先を眺めると、大きな水晶の様なものが設置されていたのだ。
「……なんだこれ、宝石か?」
「…………それは、魔王軍が使っていたマーキング用の装置ね」
「マーキング?」
「ここは魔王軍の所有物、って知らせるためのものよ。こんな物があるから、魔物が急に増えたのね……」
それは【マイタイト】と呼ばれるもので、魔物にしか分からない匂いを発する装置だ。せめて匂い以外で判別させていれば、メディナに“マーキング”と称されることもなかったろうに、魔王軍側へ少しばかり間抜けな印象を抱いてしまうのが難点な設定である。とはいえ、元々魔物は無害な存在だったことを考えれば、この辺は意図的なものだったのかもしれない。
なお、メディナがこの装置を知っているのは、魔王軍で軍師として使われていたからだ。
「壊せますか?」
「私だけじゃ……アキ、ちょっと手伝ってくれる?」
「ええ、喜んで」
マイタイトは、物理に強く魔法に弱いという特性がある。そのため、ゲーム中ではメディナの魔法とロアの魔法銃で破壊していたのだが、今はアキという攻撃魔法の専門家がいるためそちらが選ばれたのだろう。悔しいが、俺には魔法が使えないから潔く諦めるしかない。
その後、危ないから出ていろと言われた俺を含む残りの面々は、建物の外で魔物を倒しながら経過を見守ることにしたのだった。
「ロア、お手柄だね!」
「えへへ……キラキラしてたから、みつけられたの」
渋々出てきた俺とは対照的に、建物の外ではこの遺跡を襲う問題の元凶を発見した少女を無邪気に褒めるニールとフィー、そして褒められて照れているロアという微笑ましい光景が繰り広げられている。見た目だけなら俺が混ざっても全く問題はないが、中身を考えるととてもじゃないが混ざることはできない。
「光り物が好きってことか……」
「あんた、そんな言い方してるとロアに嫌われるぞ……?」
「はは、すまん」
そして、パーティ最年長は俺が呆れるほどオッサンくさい感想を口にしていた。俺と四歳しか離れていないのに枯れているというのか、なんというか。とにかく、わざとデリカシーのない発言をしているようにも見えるが、それで懐いているロアに嫌われでもしたらどうするんだか。まあ、グレイのデリカシーのなさに気付くほど、ロアも成長はしていないが。
そうして雑談を交えながら二人を待っていたところ、建物の中から大きな光が発せられあまりの眩しさに一瞬目を閉じたが、その光はすぐに消え去った。どうやらマイタイトの破壊のために強大な魔法を使ったようだが、未だ二人が出てくる気配はない。邪魔をするわけにもいかず、そこからまた少しの時間待つことになった俺達は魔物退治を再開するのだった。
「しかし……魔法使いってのは、凄いな」
「そうね、ちょっと憧れちゃうかも」
実際のところ、魔法なんて使えた事もないためどんな感覚で使っているのかは全く想像が出来ないが、魔力や精神力を使うと聞けば見た目よりは大変なものなのだという事ぐらいは理解できる。が、理解できるだけだ。正直未知の力というものは羨ましく思うが、魔法には集中力や想像力も必要だとアキ本人が語っていたことから、少なくとも俺のおつむでは使いこなせないだろう。この辺は、適材適所で上手く役割が分担できていたと思うしかない(俺はアキほど役に立ってはいないが)。
「フィーは魔法は使えないのか?」
「全然。学校は行ってたけど、頭を使うのは苦手だし」
「あはは。じゃあ、俺と同じだな」
「もう、笑いどころじゃないわよ……」
いくら王都育ちだろうと、学校に通えていようと、勉強の得手不得手はそれとは別の問題だ。現に小中高大と学校に通っていた俺ですら勉強が得意になれたことは遂になかったのだから、フィーのような子がいてもなんらおかしい話ではないだろう。
だが、その代わりに彼女には弓の腕があるのだから、生きる上で困ることはないのかもしれない。その辺は勉強が出来ることと仕事が出来ることが全く別の問題であるように、現実世界とそう変わりはしないのだ。
「でも、ちょっと安心しちゃった」
「なにが?」
「わたし以上に豪快な女の子がいたんだもん。わたし、結構ガサツな方かなって心配してたけど、上には上がいるんだなって」
俺以外の女の子に言えば間違いなく激怒されるレベルのとんでもない物言いだが、フィーの発言は的を得ていると言わざるを得ないだろう。というか、やっぱりガサツだと思われていたのか――と、少し安心したぐらいである。
俺は女の子ではないのだから、今の見た目では男勝りだのガサツだのと言われてようやく男らしさを保てる状況だ。そうでなければ、身も心も可憐な美少女になってしまうし、そっちの方がよほど嫌なのだ。俺は女の子にはなりたくない。
「そりゃ俺は……いや、うん。まあ、俺に比べりゃフィーは女の子らしさの塊だよ」
「あ……ご、ごめんね。そこまで卑下しなくていいのよ……?」
「いや、別に傷付いたとかじゃないから安心してくれよ。俺は女の子らしさにはこだわってねぇしさ」
とはいえ、なんと言ったものか。どう言っても開き直りや卑下に聞こえてしまうらしく、こちらの言葉選びも容易じゃない。失言に気付き落ち込んでしまったフィーを宥めながら、俺も頭を掻くばかりだ。
「……おまたせ、無事壊せたわ。これ以上ここに魔物が増えることもないでしょう」
「二人ともお疲れ様! じゃあ、町に戻ろっか」
そんな空気を切り替えるように少し疲れた様子のメディナとアキが建物から顔を出すと、次第に遺跡の魔物達は飛び去って行ったため、ようやく一息つけたのだった。