第6話
遺跡に入り、既に二時間ほど経過していた。
グレイの行っていた通り、遺跡内部の建物はほとんどが崩れて壁程度しか残っていなかったが、それでもアピより一回り小さい程度では移動するだけで時間を使うのだ。とはいえ、元々は観光地として整備されていたからか、ここ一週間程度で魔物や戦闘によって荒らされた場所以外は比較的足場も良く、移動距離はともかく移動の手間自体はそこまでかかるものではない。
というのは、表向きの話である。いくら足場が良かろうと、砂漠の高い気温の中、日差しを遮るものも少なく頻繁に戦うことがどれほど肉体的に辛いか。しかもこの魔物達、急な滑空で飛び道具のない俺達を弄びやがるのだ。
「だー!! もう無理、行くぞニール!!」
「ちょ、ちょっと待って! いきなりどうしたの……!?」
「あんだけ魔物がいんだから、ここに何か大事な物があるんだろ!」
故に、流石に限界だった俺は、さっさと目的の物がある筈の遺跡の中心部に突撃したのである。
「落ち着いてください……! いくらなんでも、無茶が過ぎます……!」
「ごめん……でも暑いんだ、今は許してくれ!」
上空を魔物が飛び回る遺跡の中心部には、比較的形を残した古いレンガ造りの建物が残っている。あちこちの壁は崩れているが他より大きな建物であり、いくつかの部屋には屋根も残っているため日陰がある分それなりに快適なのだ。それを知っているからこそ突撃した俺を追いかけて、はぐれずに他のみんなもついてきてくれた。が、先を知っている外部の人間として軽率な行動だと考えたらしく、アキに叱られてしまう。
少し遅れて建物に入ってきたメディナやグレイにも小言を言われながら、気を取り直して全員で建物中を探索することになったのだった。
「……あ、もしかしてこれ?」
数分後、真っ先に声を上げたのはニールだった。ニールは壁の破片をいくつか掴み上げながら何かが描かれた壁を指差すと、早速メディナとグレイが壁面に近寄る。
「……ああ、そうだな。これで間違いないだろう」
「ぶっ壊れてんじゃねーか! これじゃ読むのは無理だろ!」
ヨシュが嘆くのも無理はない。ニールの見つけたその壁はほとんど崩壊しており、辛うじて地図であるとは分かるが内容までは読み解くことが出来ないほどに劣化しているのだ。
見なくても分かる俺とアキはともかく、他のみんなではこれが何を示しているかは分からないだろう。
「待って。この程度なら……」
そんな諦めムードのヨシュ以下の面々とは対照的に、メディナは壁に向かって回復魔法を唱えた。すると、みるみるうちに壁は修復されていき、描かれた文字や絵も読み取れる程度にはなったのだった。
これが、メディナが便利キャラと言われる所以である。今までも見てきた通り、容姿や性格、知識だけでなくその能力も規格外なのだ。こんな完璧超人だからこそ戦闘能力がないのだろうが、このゲームでのヒーラーは唯一無二の存在のため、結局彼女が必要不可欠な人物であることには変わりない。
「……ふぅ。少し欠けはあるけど、読む分には問題なさそうね」
「す、すごいね……! 今のも回復魔法なの?」
「ええ、無機物用に応用したものだけどね」
当然、それを見ていたみんなも手放しで褒め称える。俺だって溢れんばかりの想いを言葉にして称えたいところだが、先ほどからアキの視線が痛いため、今は大人しく見守ることにした。
「うーん……わたしにはこれ、読めないわ」
「あたしも、わかんない……」
そんなわけで無事修復された壁面の地図だが、絵はともかく文字が読めないらしく、フィーとロアが小難しい顔で首を傾げている。
この世界の言語は基本的に現実世界の英語と同じで文字も英語アルファベットだが、大昔の言語となると流石に独創性溢れる読めない文字になっており、もはや記号である。当然俺にも読めず、おかげで自然な反応ができた訳ではあるのだが。
「今とは、文字の形状が違うようだな……ふむ、なるほど…………」
「グレイは読めんのか?」
「いや、さっぱりわからん」
「……あのなぁ」
眼鏡を掛けており一見知的にも見えるグレイだが、基本的には茶目っ気の塊である。読めているかのように頷きながら壁面を眺めていたため、思わずゲームの記憶を忘れて問いかけてしまった自分自身を責めたくなるほど、あっけらかんと答えたグレイに肩の力が抜けてしまった。
「地形は変わっていないから、分からなくはないかしら……北東のこれが、本拠地みたいね」
一方、読めないなりにしっかり考えていたメディナは、地図の北東に描かれたバツ印の部分を指差す。たしかに、そこには魔王の本拠地があるが、そこに辿り着くのは一体いつになるのか。
「しっかしよ……何のために、壁に地図なんて書いてたんだろうな」
「ここの民は、本拠地を攻撃するつもりだったんだろう。この部屋も作戦室のように見えるしな」
「ふうん……今は王国軍でも手を出そうとしないのに、凄いね」
この世界を統べるクランド王国は、魔王軍への対処に関しては完全に後手に回っている。だからこそ、街道や町の防衛といった初歩的な対処に留まっており、現状魔王軍へ積極的に攻撃を行おうとはしていないのだ。そして今後もなかなか進展しないどころか、ある問題により悪化の一途を辿る始末なのだが、それはまだ先の話だから今は置いておこう。
つまり、ニール達は王国軍の後ろ盾がない状況で、世界を救う事になるのである。
「この頃は、魔王もそれほど力を持っていなかったんじゃないでしょうか?」
「そうね。決して大きな町でもないし、軍があったとしても今と比べれば小規模だろうから、その程度の力で倒せる見込みがあったんでしょうね」
「でも、先に滅ぼされちゃったのね……」
「残念ながら、ね」
この遺跡は、二百年前の町のものだ。魔王もその頃は悪だくみを始めたばかりで力も弱く、仮にニール達のように強い人間がその時代にいたなら簡単に滅ぼされていた筈だ。だが、それでもこの町は先に滅ぼされた。しかも、急襲されての事だったから、当時から頭の回る奴だったのだろう。
うんざりするほど嫌な方面に絶対的な信頼を置ける存在と今後直接対峙するかと思うと、溜息をつかずにはいられなかった。