第4話
翌朝、溜め込んだ愚痴や不安を吐き出せるだけ吐き出した俺達は、前日の疲労感すらすっかり忘れてしまうほどすっきりとした気持ちの良い目覚めを迎えた。
が、欠伸を噛み殺しながら食堂に着くと、俺はフィーに捕まってしまった。
「お、おい……なんだよ……」
「おはよ。昨日は大丈夫だった?」
「いや、お前……アキをケダモノ扱いしてやるなよ」
そもそも、気にするぐらいなら初めから二人部屋を無理に男女で使おうとするな、と文句を言ってはみたものの、フィーの奴は自分が難を逃れたからなのか、どうにも他人事の感覚が抜けないようである。普段は親身に考えてくれるくせに、今回は妙に俺の扱いが雑じゃないか――とでも追撃できればよかったのだろうが、寝起きで頭を使うことが面倒になっていた俺は結局流すことにしたのだった。
「じゃあ、大丈夫だったんだ。よかった」
「あのなぁ……」
「この二人で何か起こるわけないでしょ……心配だけならともかく、野次馬根性はいただけないわね」
「そ、そんなつもりはないのよ? 本当に!」
一方、メディナは全く俺の心配をしていなかったらしく、呆れたようにフィーを叱っていた。しかし、本当に心配されるような関係ではないとはいえ、全く心配されないというのもなんだか悲しいものである。男心も複雑なのだ。
そんな俺達を眺めながら一切口出ししなかった男性陣とロアは黙って朝食を始めていたが、一向に話が進まないことに痺れを切らしたのか、やっとヨシュが口を開いた。
「――で、これから遺跡に行くってことでいいのか?」
「ああ。昨日も話したが、遺跡はここから北西の位置にある。距離はさほど離れていないから、調べて戻ってくる程度なら半日もかからないだろう」
ようやく本題に入ったことで解放された俺も、やっと朝食を食べ始めながら耳を傾ける。
砂漠の遺跡は、ゲーム上では同じ画面内に表示されるほど近い距離に存在している。昨日ここに辿り着くまでの間には見かけていないが、それは真逆の方向に位置していることが理由であるため、昨日ほど酷い道のりにはならないだろう。
「遺跡って、どれぐらいの広さがあるの?」
「この町よりは、一回り小さいな。ほとんどの建物は崩壊しているし、大して広くも見えないだろうさ」
「そっか、それなら大丈夫そうだね」
「なら、朝食を食べたら早速行きましょ」
グレイは観光で遺跡に入ったことがあるらしく、具体的な情報を与えてくれるのは非常にありがたい。おかげで、ニールやヨシュの質問に任せておけば、記憶喪失設定の俺であっても口を挟む必要がなくなるのだ。
とはいえ、メディナといいグレイといい、このゲームの大人は俺と同年代だというのに妙に頼もしいものだから、ついつい頼り切って俺の精神年齢まで下がってしまいそうになるのは問題だろう。
◆◆◆
アピから十数分ほどの距離にある砂漠の遺跡にたどり着いた俺達は、早速遺跡の出入り口に向かったのだが――
「ええ~!? 入れないの!?」
シナリオ通り、その場で立ち往生することになってしまった。
二人の武装した門番に遮られ不満の声を上げたフィーは勿論、ヨシュも喧嘩腰で詰め寄っているが、こいつらがどんなに文句を言っても、残念ながらここは開けてはもらえない。
「悪いな。魔物が急増していて、危ないんだ」
「急増ですか?」
「ああ、一週間程前から急に数が増えてな……傭兵を雇って退治しているんだが、これがなかなか減らなくて」
「そういうことだから、落ち着くまで立ち入り禁止だ」
ガラの悪いヨシュを制し代わりにニールが応対したものの、状況が分かっただけでやはり中に入ることまでは出来ないため、結局ニールも助けを求めるようにメディナとグレイに視線を向けるのだった。
「……そう、分かったわ。ありがとう」
「ああ、気を付けて戻れよ」
仕方なく遺跡から離れた一行は、門番とのやり取りの後から考え込んでいる様子のメディナを気にしながら、アピの宿に戻り一室に集まっていた。この人数が集まると三人部屋でも狭いのだが、この際文句は言えない。
「ったく、魔物ぐらいでケチケチしなくたって、オレらで倒すってのによぉ」
「あはは……でも、どうしよう。あの様子じゃ、しばらく入れなさそうだけど」
というか、だ。本来のゲームの流れなら、あのまま町長の元に傭兵として遺跡に入りたいと直談判しに行く筈なのだが、何故か宿に戻ってきてしまい俺は困惑していた。思わずアキに視線を向けてみたところ、アキも俺の視線に気付き苦笑を浮かべたため、これが俺と会うまでにアキが度々経験していた“本来とは少し違う展開”なのだろうか――と思い至り、咄嗟に開きかけた口を慌てて閉じる。
実際目の当たりにすると流石に動揺したが、冷静に考えれば、この程度の変化は問題にならないだろう。むしろ、余計な口出しはしない方が賢明だ。
「傭兵として入り込むか?」
「ええ、私もそう考えたんだけど……」
「……なんだ?」
グレイの提案に頷きながらも、メディナは歯切れ悪く言葉を切り俺やニール達に視線を向ける。その視線の意図が分からず、俺を始めとしたアキ以外の十代の子供達は首を傾げたり互いに顔を見合わせるばかりだったが、俺は自分の今の容姿を思い出したせいで気付いてしまった。
「この顔ぶれで、果たして信じられるか……と、思ってね」
「ああ……うん、まあ……そうなるよな」
そう、このパーティの半数以上は子供なのだ。そんな、ただでさえ見た目でアウトな俺達にはロアという十歳の金髪幼女までついているため、傭兵と言って信じる人間はまずいないだろう。
ちなみに、ロア自身は見た目によらず戦闘能力が高いからか、子供扱いを受けると本人は不満げにしがちである。背伸びしたいお年頃という奴だろうが、残念ながら子供は子供だ。諦めよう。
「やってみるしかないんじゃねーの? 無断で入るのは無理なんだろ?」
「ああ、遺跡は壁で囲まれているからな」
「……じゃあ、アキとハルは私についてきて。あとは宿で待機よ」
やっと町長の元に行くのだろうが、何故か呼ばれたのは俺とアキだけだった。
アキが選ばれる理由は分かる。単純に十代の面子の中ではこいつが最も大人に近い年齢であり、それに見合った落ち着きも兼ね備えているからだ。身長もヨシュとグレイの間ほどであり、見た目も申し分ない。
だが、俺は違う。元の姿なら間違いなく成人男性として見られる容姿をしていたが、今の俺は絶世の美少女。その上身長もロアの次に小さいため、説得力皆無の人選と言わざるを得ないだろう。
「なんで、俺も?」
「その剣を振り回したら、少しは信じられるんじゃない?」
とはいえ、メディナの言いたいことも分からなくはない。要は、子供もいるが全員腕が立つことを示したい――という事なのだろう。それにしたって、俺よりニールの方がよほど適任だろうとは思うのだが、単純な力だけで言えば、俺の右に出る人間はいないのだから仕方ないのかもしれない。
こうして、メディナとグレイ、アキ、そして俺の四人で、アピの町長の元へ向かう事になったのだった。