第3話
「大丈夫なんですか?」
部屋に入って間もなく荷物を纏め始めていた俺に向けてそんな言葉をかけて来たアキは、部屋に入る前よりは不安げな表情を見せていた。
「ん? ああ、別に男と同じ部屋だろうが問題ねぇよ」
「それはよかった。あ、本当になにもしないので、安心してくださいね」
「そんな心配はしてねぇって……」
アキが女に対し何かするような男でないことはここまでの旅で分かっているため、その手の不安は全くなかったのだが、本人は自分自身の印象にそこまでの自信はないらしい。とはいえ、仮に俺が元の姿でアキの立場になったらもっと狼狽えて自己防衛に走るだろうし、こいつは落ち着いている方だろう。
「そんなことより……気になってたんだけど、お前どうやって魔法使ってんだ? そんなに頭良いのか?」
「うーん……頭が悪いつもりはありませんが、どうして魔法が使えるのかは私もよく分からなくて」
「どういうことだ?」
自分の事だというのに首を捻ったアキは、ベッドに腰掛けたまま僅かに唸っていた。意味が分からない俺も、思わず同じように首を捻る。
話は変わるが、頭の良さについては全く否定しない辺り、こいつもなかなかいい性格をしているようだ。
「私、この魔石で魔法を使っているんですけど……」
そしてアキは、懐からおもむろに取り出したいくつかの石を俺に見せつけた。以前ウルム基地で見た時は遠目だったためどんな石かはよく分からなかったが、それは宝石のように赤や青などの様々な色がついており、研磨こそされていないが透き通っている綺麗な石だった。どうやらこれが、ゲーム内でも名前だけ出ていた【魔石】らしい。
魔石とは魔法使いが魔法を使う際に魔力を込めるものであり、魔法使い達は装飾品として常に持ち歩く物らしいのだが、仲間キャラクターのメディナは魔石を使わずに魔法が使える規格外の魔法使いのため、実際にその姿がゲーム中に出てきたことはなかった。また、もう一人魔法(正確には少し違うが)を使える仲間がいるが、そいつは武器の中に魔石を仕込んでいるため、表立って石の姿を見ることはない。つまり、端的に言えば死に設定というやつだ。
「ああ、基地でも持ってたな」
「はい。これは、目覚めた時から持っていたものなんですよね」
「……って事は、お前の元々の持ち物……? いや、でも元の世界に魔石なんてないよな……」
魔石はあくまでゲーム内のアイテムであり、魔法なんて存在しない現実世界から持ってきた物とは考えられない。なら、一体どこから降って湧いて来たというのか。俺がこの姿になっていたり妙に怪力である事といい、俺達が揃って服が破損した状態で発見された事といい、とにかくこの世界での俺達の存在には謎が多すぎる。
思い返すと疑問ばかりが湧くため思わず考え込んだ俺とは対照的に、アキはなにを思ったのかふっと笑うのだった。
「私もよく分からないんですが、魔法が使えるからいいかな……と」
「……結構いい加減だな」
「ニールくんの旅の役に立てるなら、細かい事は気にしなくてもいいとは思いませんか?」
たしかに俺達は部外者である以上、ニール達の冒険の足を引っ張ってしまうわけにはいかない。だが、俺達の目的はあいつらの旅の成就ではなく、あくまで元の世界に戻ることだ。
「目的はそっちじゃないだろ?」
「…………ええ、まあ……そうなんですけどね……」
だからこそ、それを忘れているかのようなアキの発言に、思わず強い口調で言い返してしまった。アキもアキで普段ならこんな言葉は軽く流すのだが、俺がきつい反応を返すとは思っていなかったのか俯いてしまうのだ。
そんな様子を目にし必要以上に厳しい言葉をかけたことに気付いた俺は、次第に湧く罪悪感から視線を逸らすしかない。十代の子供に対し、今のは大人げなかったと反省するばかりだ。
「……悪い。ひと月もこっちにいるお前の方が、キツイよな」
「さすがに慣れてはきましたけど……家族は心配ですね」
「だよな……」
以前一対一で話した時は身の上話まではしなかったが、一ヶ月以上も元の世界に戻れていない事に対する不安や家族への心配も当然しているだろう。俺だって、突如行方不明になってしまって心配をかけているであろう家族や、無断欠勤状態になっている仕事の事を考えると胃が痛くなってくるから、極力考えないようにしていたのだ。
そんなアキを落ち込ませてしまった詫びは、なんとかしなければいけない――そう考えしばらく唸っていた俺は、ふとひとつの案が浮かぶと顔を上げた。
「よし! お詫びと言っちゃなんだが、せっかく同室になったんだ。今夜は語り明かそうぜ?」
「……愚痴に付き合ってくれる、ってことですか?」
「おう、不安も溜め込んでると体に良くねぇからな。悩み事とか不安は、片っ端から俺が聞く!」
突然その場に立って胸を張った俺を呆然と見つめていたアキは、目を丸くしたまま何度か瞬きを繰り返していたが、小さく吹き出し遂には笑い出してしまう。
「ふふ……意外と、優しいんですね」
「意外は余計だ! お前、結構失礼だな……」
俺の文句にも全く怯まずに声を上げて笑い続ける姿は初めて見たものだが、育ちが良いのかその仕草からはどうにも上品さが表立つ。そんなアキから遠慮なく山のように投げかけられる不安や不満を宣言通り受け止め、時折助言しながら、俺達の夜は更けていった。