第2話
「はぁ~! 涼しい~!」
「ほんとだ! 船とおんなじくらい、きもちいいね!」
アピに到着して早々、町の出入り口付近に店を構える宿に入った俺とロアは、その宿のあまりの涼しさに大腕を広げて歓声を上げた。その涼しさは、冷房を入れていると言われても信じてしまいそうなほどのものであり、それでいて静かな森の中の川や滝の近くにいるかのような、どこか優しい感じのする涼しさである。
「砂漠の真ん中の町なのに、建物の中は涼しいのね。びっくりしちゃった」
「直射日光さえ当たらなければ、案外どうにかなるものよ。それに、豊富な水源も確保しているしね」
「ああ、だから宿の中にも水が流れてるのね」
フィーの言う通り、ここは砂漠の宿だというのにロビーの脇には水が流れており、まるで高級ホテルのような雰囲気を醸し出していた。
何故、水源が確保できているのに砂漠化しているんだ。という疑問は当然湧くだろうが、地下水脈があるため水の確保自体は容易なのだという。なお、砂漠化は単純に雨がほとんど降らないことによるものであり、水源とはまた別問題になるらしい。という話を聞いても、俺にはその辺の違いが正直よく分からなかった。
「部屋、三部屋だけ取れたんだけど……どうしよう?」
そこに、受付けを済ませたニールが、宿の鍵を手にしながら困り果てた様子で戻ってきた。
俺達は現状、男四人、女四人の八人であるため、何人部屋だろうと三部屋を律儀に分けると問題が発生するのは目に見えている。それを分かっているからこそ、一緒に受付けに行っていたグレイも苦笑を浮かべているのだろう。
「何人部屋?」
「三人部屋二つと、二人部屋一つなんだよね……」
「うーん……悩ましいわね」
深刻な顔で考え込むフィーを眺め、俺は思わず肩を竦めてしまった。たしかにその三部屋なら八人は確実に収容できるが、そういう問題ではない。と言っても、俺は男と同室だろうが全く問題ないどころか、むしろそっちの方が落ち着くのだが、それを今の容姿で口にするのは流石にはばかられた。
「よし、ここは公平にジャンケンね……!」
そんなわけで、鬼気迫るフィーによって非常に原始的な手段で部屋割りを決めることになったのだった。そこはもっと格好のつくコイントスとかにならないのか、と言いたいところだが、コイントスが出来そうな人間はこの中ではグレイぐらいだ。加えて、場のほとんどの人間がフィーの勢いに押されている今、グレイは無駄に彼女を刺激しないよう黙って様子を見ているため、特に必要でもないコイントスを提案することもないのである。実に生きるのが上手い男だと感心するばかりだ。
そして問題となる部屋の振り分けだが、男三人、女三人、男女二人ということらしい。そこで俺は気が付いた。これでは下手なメンツが男女部屋に割り振られた瞬間、犯罪じみた絵面になるのではないか、と。例えば、グレイとフィーや俺などは限りなくアウトだろう。グレイとメディナも、見た目がお似合いすぎて洒落にならない。
「………………は?」
「まあ、そういう事もありますよね」
「じゃ、喧嘩しないでなんとか頑張ってね!」
上の空でそんな事を考えていたのがまずかったのか、公正なるジャンケンの結果、男女二人部屋とかいう愛の巣にぶち込まれたのは、よりによって俺とアキだったのだ。
いや、たしかに男の方が落ち着くとは言った。言ったが、こいつは別だろう。諸々の行動が上品過ぎて、男という感じがまるでしないんだぞ。まだニールの方が男らしいんじゃないか。まあ、あいつはあいつで別の問題があるけど――などと自問自答しながらアキに視線を向けたところ、いつも通りの涼しい顔で見つめ返された挙句頷かれた。
一体どんな意図のアイコンタクトなんだ。
「安心してください。別に取って食ったりはしませんから」
「食っ……いや、お前に食われるほどヤワじゃねぇから、別にいいけどよ……」
物騒な事を囁かれ思わずぞっとしながらも渋々二人部屋に入った俺の後ろ姿は、フィー曰く哀愁に満ちていたらしい。そんな俺のことを心の底から心配してくれたのは、ニールとロアだけだったという事実が更に悲しかった。