第8話
魔族が去り、その後も特に危害を加えてくる様子がなかったため、メディナはその場でグレイの治療に入った。危険な状態とまではいかないが、町まで戻れる程の軽い傷ではなかったからだ。
「……これで大丈夫よ。他に傷はない?」
「いや……これで最後だ。すまない、助かった」
「間に合ってよかった……」
両手を動かし痛みがない事を確認していたグレイは、掛けていた眼鏡を直すと深く頭を下げた。
そんな治療の様子をじっと眺めていたニールとフィーはほっと胸を撫で下ろしたが、その横に座り込んでいた少女の方はというと、治療が終わるや否や涙を滲ませながらグレイに抱き着く。しかし、「礼が先だ」とグレイに窘められ、渋々彼から離れたのだった。
「あ、あの……ありがとう……」
「どういたしまして! ……でも、なんでこの洞窟に来たの?」
二人のやり取りを全て目の当たりにしながらも、おずおずと礼を口にした少女に対しフィーは嫌味なく向き合うのだから、大した心の広さだ。フィーの年齢から見ても少女は子供のため、感情的にはなれなかったのだろう。
「……えっと……あの…………その……」
「それは俺が話そう。歩きながらで構わないか?」
「ええ」
この少女、実は物凄く人見知りをするため、初対面の人間とはなかなか素直にお喋り出来ないのである。だからこそ、それを知っているグレイは安心させるように少女の頭を撫でながら、説明役を買って出たのであった。
◆◆◆
洞窟を引き返しながら、俺達はグレイの話に耳を傾けていた。
彼の話では、少女は半年前に行方不明になった父親を捜して旅をしており、グレイはその道中魔物に襲われていた彼女を救って以降、行動を共にしていたらしい。子供が一人で旅をしていたなんてあまりにも無謀な話だが、グレイと出会ったのは旅立って二日後ほどだったことから、一人でも辛うじて無事だったのだろう。
ちなみに少女の年齢は十歳である。本当に、二日間とはいえよく無事だったものだ。
「父親を捜して、ここに?」
「ああ、この洞窟に似た人物が入って行ったところを見たから、この子が先走ってしまってな……俺も慌てて追いかけてきたというわけだ」
「そうしたら、魔族がいたってことか……災難だったな」
しかし、グレイもなかなかに不憫である。この男、少女に散々“おじさん”と呼ばれているが、俺から見てもなかなかハンサムだし、年齢は二十八歳――つまり、俺と四歳しか違わないのだ。もし俺が元の姿でこの世界に来ていたとしたら、などと考えると心底ぞっとする。
「アンタはこの子の知り合いなのか?」
「ああ、訳あって二人で旅をしていた。魔物程度なら何とかなったんだが……まさか、魔族までいたとは」
ヨシュの問いに対し肩を落としたグレイは、苦笑を見せながら頭を掻いた。二人の様子では、魔族が侵入したことで騒ぎになる前に町を出てきてしまったのだろうから、こんな洞窟の奥に魔族がいるなんて寝耳に水もいいところだろう。しかもあいつは、こんな序盤で戦ってどうにかなるような相手ではない。
きっと手も足も出なかったのだろうと考えると、現状戦力としてはあまり役立っていない俺は、ブレンダンとの戦いを思い出しつい身震いしてしまった。
「……おじさん、ごめんなさい…………」
「気にするな。それに、俺も魔族がいることは分からなかったからな」
グレイにべったりとくっついていた少女も事の重大さは理解しており、ここまでの道中もグレイと俺達に謝り通しであった。とはいえ、子供にここまで謝られるとこっちが悪いことをしている気分になるから、そろそろ止めてほしいところではあるのだが。
「とりあえずトルシアに戻るけど、二人はどうする?」
「俺達も一度戻ろう。宿に荷物も預けているしな」
「じゃ、宿で今後の事を考えましょ」
少女を慰めていたフィーが元気よく声を上げると、俺達は洞窟を脱出しトルシアへ戻ることにしたのだった。