第7話
子供と旅人、そして魔族が入っていった洞窟は、この近隣では“藍の洞窟”と呼ばれている。その名称の由来は、海に面しているからということらしいが、どこぞの国の似たような名称の洞窟とは違い洞窟内に海水が入り込むことはなく、名前らしい光景を見ることは出来ない。
「藍の洞窟はここだ」
「道案内、ありがとうございます。ここまでで大丈夫ですよ」
「あ、ああ……くれぐれも気を付けてくれよ。オレ達じゃ、全員は助けてやれないから」
ありがたいことに、自警団の男達数人が道案内を買って出てくれたため、俺達はこの場所まで迷うことなく到着することが出来た。ここからは、実に三日ぶりの洞窟探検である。
こんなに短いスパンで二回も洞窟を探検させられるなんて、当事者になってみるとこの上なく面倒だが、これも話の流れでどうしても必要なことだから仕方がない。渋るどころか急がなければいけないのだから、文句を言っている場合ではないのだ。
「任せて! 絶対に二人を助けてくるわ!」
そして今回は言いだしっぺがやる気満々のため、洞窟内で騒ぐようなことにはならないだろう。流石はパーティが誇る熱血少女、人命が関わるとなれば自分のことなど後回しにできるところは素直に尊敬できる。
といっても、元々この洞窟には前回の場所ほどコウモリはいないから、緊急時以外でもあれほどの騒々しさにはならないだろうが。
「……正義感が強いのはいいんだけど、考えなしに行動するのは勘弁してほしいわね」
「あはは……でも、みんなも見捨てられないんじゃない?」
「……まあ、ね」
魔族と聞いて肝を冷やしたのは、なにもフィーだけではなかったようだ。達観したようなことを言いながらも、ニールの言葉に渋々頷いたメディナなどはその代表格であり、そもそも子供好きだ。
結局、フィーが騒がずとも、行きつくところは同じだったわけである。
◆◆◆
こちらの洞窟は元々人が好き好んで入り込むような場所ではないため、マリノに抜ける際に通った通路代わりの洞窟と違い整備は一切されていない。つまり、石や岩レベルの障害物も多く猛烈に足場が悪い、ダンジョンらしいダンジョンということだ。
そんな中をなんとか急いで進んでいた俺達の耳に子供の悲鳴のような声が届き、思わずその場で顔を見合わせた。
「――今の、聞こえた?」
「うん……女の子の、声……?」
「この奥からだな、走るぞ!」
先陣を切っていたニール、フィー、ヨシュは、三人の間だけで会話を完結させるとさっさと走り出してしまった。流石はロールプレイングゲームの登場人物と言うべきか、この足場の悪い洞窟内を危なげなく走っていく姿は感服の一言に尽きる。
ただ、同じ登場人物でもロングスカートを穿いているメディナは服装通りの制約を受けるのか、それほど機敏には動けないようで、スカートの裾を持ち上げながら追いかけていくのだった。なお、アキはメディナより先に走り出していたため、既にその背は遠い。後衛職の割にはフットワークの軽い奴である。
そんな一行を見送り、メディナの事を言えない程度に面倒な服装をしていたため少しばかり出遅れた俺は、男としてのプライドと利便性との間で激しく葛藤しながらも結局スカートの裾を持ち、進んだ先の洞窟の最奥の開けた場所で予想通りの光景を目にしたのだった。
「グレイおじさん! 死んじゃうよ! おねがい、逃げて……!」
遠目でも分かる程の金髪を持つ少女が、この悲鳴の出どころだ。彼女はボンデージ風のどぎつい服を纏った魔族の女に片腕で抱えられながらも必死に足をばたつかせていたが、地に足がついていないこと、そして俺よりも小柄なことが仇となり、いくら暴れようがまるで抵抗出来ていないのである。
一方、“おじさん”と呼ばれていた男・グレイは、片膝をつき肩で息をしている。四肢のあちこちに傷も見えることから、戦闘により弱っていることは火を見るよりも明らかだった。
「……いや、大丈夫だ。心配しなくていい……」
「しつこいな……お前に用はないのだ、いい加減死んでもらうぞ」
「おじさん……!!」
「――させない!」
魔族の女が魔法で複数のナイフのような物を作り出し、それを男に放とうとした瞬間、陰で弓を構えていたフィーの矢が、魔族の顔めがけて放たれた。
だが、それは乾いた音を立てながら魔族の手刀で簡単に払われてしまう。
「あなたが魔族ね! その子を離しなさい!!」
「……なんだ、お前達は」
「名乗る程のものじゃないわよ!」
どうやら先ほどの不意打ちは注意を引き付けることが目的だったらしく、フィーは魔族相手でも全く怯みもせず弓矢で突撃してしまう。そんな彼女の放つ矢は的確に魔族を狙っており、雨の様に飛んでくる矢に対し魔族が身構えた直後、背後からヨシュとニールが飛び出しあっという間に魔族を壁際に追い詰めてしまった。
とはいえ魔族の動きも妙であり、少女を人質として利用しないどころか、少女に害が及ばないように身の守りに徹していたことが追い詰められた原因だろう。そうでなければ、この魔族が簡単に窮地に陥ることなどありえないのだ。
「チッ!」
「キャア!?」
そんな魔族の女にヨシュが殴り掛かった直後、捕まっていた少女が魔族の手を離れ、放り出されてしまった。が、体勢を整えることが出来なかったにもかかわらず、少女が地面に落ちることはなかった。
「っと、あぶねーな……おい、大丈夫か?」
「あ……う、うん……」
「……多勢に無勢か」
「あ……! ちょっと、待ちなさいよ!!」
何故ならば、ヨシュがしっかり受け止めたからである。
ようやく追いついた俺が剣を構えヨシュの傍に立つと、魔族は六人もの増援があったことに驚いた様子で飛び退き、その場から消えてしまった。
魔族の名前は、ヴァルヴァラ。魔王の幹部の紅一点で、とある幹部と手を組んでいる存在であるが、その話は今は置いておこう。
「もー! 逃がしちゃったわ!」
「魔族って好戦的だと思ってたけど、そうでもないんだな……」
「慎重な人だったみたいだね。おかげで助かったよ」
さっきまでヴァルヴァラが居た場所で悔し気に地団太を踏むフィーを眺めながら、当たり障りのない感想を口にした俺は、使わずに済んだ剣を鞘に納めながらほっと胸を撫で下ろしていた。