第5話
宿に戻った俺は、庭を借りて剣の稽古を受けていた。指導をしてくれているのは、パーティでは俺以外に唯一剣を扱えるニールである。
「ニールって、大剣も使えたんだな」
「ちょっとだけだよ。ボクにはこれ、重すぎるしね」
ニールは心優しい少年のため、一見戦いには向いていないように見えるが、幼い頃から村で護身用に剣技を教わっていた立派な剣士だ。また、俺が救われた際に大型の魔物の腕を一撃で切り捨てたことからも分かるように、その腕前は並の少年のそれを既に超えている。
だからこそ、これまでの俺の戦いぶりを見て剣技の指導を買って出てくれたのだ。
「でも、助かるよ。振り回せるけど、技って言えるほど扱えてないし」
「それは仕方ないよ。だってハルさんは、記憶がないんだもん」
「うん……まあ、そうなんだけどさ」
記憶がないどころか、そもそも武器を触るなんてこれが初めての経験だ。あり余る力に任せて見よう見まねで扱ってはいたが、剣技に長けるニールから見たら、剣をただ振っているだけの俺のそれは技にもならないような稚拙なものだっただろう。洞窟での出来事があったから少し警戒してしまったが、その心遣いにはただただ感謝である。
ちなみにどの程度の指導を受けていたかというと、剣の持ち方から始まり重心や足の踏み込み、剣の振り方という初歩的なことから指導を受けていたところからも察せる通り、俺は全く基礎が出来ていなかった。意外でもないし、至極当然だろう。
「戦うの、怖いんだよね?」
いつかは誰かに突っ込まれると思っていたが、俺が戦いを苦手としていることはニールにも見抜かれていたらしい。指導の手を止めそう問いかける少年の表情は俺を責めている様子はなく、どちらかと言うと哀れんでいるように見えた。
「……悪い。ブレンダンの時も、足引っ張っちゃって」
「ううん、責めてるんじゃなくて……えっと、無理に戦わなくてもいいと思うんだ。ボクも怖いし」
「なら尚更、俺だけ見てるなんて出来ないよ。ニール達には助けてもらった恩もあるんだから」
実際、あの時ニールが飛び出してきてくれなければ俺は無事ではなかっただろう。
とはいえ、現状恩を返すどころか世話を掛けてしまっている事実はしっかり問題視していかなければいけないが、恩を返すためには俺に出来ることから手を付けるしかない。そして今の俺に出来ることは、未来が確定しているみんなについて行き、元の世界に帰る方法を探しながら戦うことなのである。
そう考えると、怖気づいて立ち止まっているわけにはいかなかった。
「じゃあ、その……ボクたちがいるし、怖かったらちょっとは引いていいからね」
譲歩したようでその実全く意見を曲げていない辺り頑固者の片鱗が見えるが、ニールが心配してくれているのは確かなのだろう。周囲が年上ばかりだからか、身分証でだけは同い年の俺を気にかけてくれるのは大変ありがたいとはいえ、それで実際は年下の子供に負担をかけてしまうのは流石に気が引けてならない。
「……分かった。甘えられるところは、ちゃんと甘えるよ。みんなに余計な心配を掛けるのは、俺も本意じゃないしな」
「うん。そうしてくれると嬉しいな」
だが、未熟な人間が意地を張って助けを拒むことがどれほど周囲に迷惑をかけるかは、俺も大人の世界で揉まれて身にしみて知っていた。だからこそ、「大人だから」とか、「助けてもらったのに」という、プライドや後ろめたさは一旦捨てて、今は厚意に甘えておくことにしたのだった。