第4話
マリノで宿を取ると、東の大陸に渡る船を手配するためにメディナとアキは出て行ってしまった。
女一人で歩き回るのは危ないとはいえ、相方にアキを選んだのは何故なのか。そこは腕っぷしに自信のあるヨシュでいいのではないか――という疑問は、残りのメンツの見た目が貧相過ぎるからだという言葉で完全論破されてしまった。あまりにも悔しすぎる。
「トルシア行きの船を手配してきたわ。出航は明後日の朝よ」
そんなわけで十数分後、宿で待機していた俺達の元に戻ってきたメディナは、乗船用のチケットを見せながら備え付けられている椅子に腰を下ろしたのだった。洞窟を抜けて休みなく出掛けたというのに、疲れた様子も見せないのだから大したものだ。
「ありがとう。ここから次の町までは、どのぐらいかかるの?」
「そうね……順調にいけば、二日ぐらいかしら」
地図上で見ると、このマリノと次の町までにはさほど距離がないように見えるが、途中に小島などの障害物が多く迂回して航海しなければいけないため思った以上に時間が掛かるらしい。それについては既にゲームで予習済みだから俺は全く文句はないが、地図を見ただけのヨシュはぶつぶつと文句を口にしていた。
「なら、準備しておかなきゃ。メディナ、今度こそ一緒に買い出しに行きましょ!」
「……ええ、そうね。少し休んだら、行かせてもらうわ」
「あ、俺はちょっと見たいところがあるから、別行動させてもらうな」
昨日約束していた通り買い出しを進んで引き受けたフィーは、絶対に逃がすつもりがないらしくメディナの腕を掴んで満面の笑みを向けている。昨日補充したばかりで買い足す物もそれほどないから、女性二人でも買い出しには問題ないだろう。
が、この二日の間で“フィーの買い物”という単語に既にトラウマを植え付けられていた俺は、フィーに掴まる前に慌てて宿から逃げ出した。
◆◆◆
逃げた勢いのまま町に繰り出した俺だったが、見たい所どころかなんの目的もなく、とりあえず適当にその辺を歩いていた。
この世界の町村全てに言えることだが、レンガ造りの建物が多く異国情緒に溢れる景色は新鮮味があり、目的がなくともただ歩くだけで楽しい。普通に旅行をするだけなら喜んであちこちを見て回っていただろうが、ここは文字通り別世界で仮にも俺は命懸けの旅をしている身だ。心の底から楽しむのは正直難しかった。
「ハルさん!」
そんなこんなで何も考えずに町の奥に進もうとしたところ、急に腕を引かれて心臓が跳ねるほど驚いた。
「……に、ニール?」
「そっち、ちょっと治安が悪くて危ないってメディナさんが……」
「あ、そうなのか。悪い、助かった」
俺の腕を引いていたのは、駆けてきたのか息を切らせた様子のニールだった。言われて気が付いたが、俺が向かおうとした小道の奥は光が入りづらいのか妙に薄暗く、道端に座り込んでいる人間も多い。
たしかにこれは、今の俺の姿で迷い込んでいい場所ではなさそうだ。
「ひとりで、何をするつもりだったの?」
「いや……実は、別に用事なんてなくてな……」
その場から離れながらばつの悪さに頭を掻いた俺を見下ろし、ニールは目を丸くした。大袈裟な反応だとは思ったが、これまでの経緯から俺が嘘を吐くとは思っていなかったのだろう。子供のそういう期待を裏切ってしまうのは本当に心が痛むが、こればかりは許してほしい。
といっても、そもそも俺はみんなに大きな嘘を吐いてここまで来ているわけだから、罪悪感を抱くのも今更ではあるだろうが。
「え、じゃあ嘘ついたの?」
「……フィーの買い物、長いから」
「ああ……じゃあ、メディナさんも今頃……」
「いや、あの人は大丈夫じゃないかな。多分」
メディナも、なんだかんだ言って買い物が長い人間であることは今後判明する。だからこそ俺も安心して逃げ出してこれたのだが、そんな事情をこの先のことも分からず人生経験も少ない十六歳の子供に察しろと言うのは無理があるだろう。大体悟ったつもりで語っているが、俺だってゲームで見ていなければ、彼女達のそんな行動パターンなんて分かる筈もない。
「これから、どうするの? 宿に戻る?」
「うーん……やることもないし、戻ろうかな」
ニールの言葉を真に受けるなら、既にフィーとメディナは買い出しに出ているだろう。なら宿に戻っても良いだろうが、せっかく出てきたのになんだか勿体ない。と、考え込む俺を眺めていたニールは、あ、と何かを思いついたかのように声を上げた。
「あのさ、ハルさんさえよければ――」