第2話
「ねぇ……ちょっと、気になってたんだけど」
「え、なに?」
時折飛び立つコウモリを避けながら洞窟を進んでいた俺に、後方を歩いていたメディナが声を掛けてくる。今まで俺と彼女は個人的に会話をしたことはなく、初めて俺個人に声を掛けてきてくれたため、それはもう飛び上がりそうな程驚き胸が弾むのを抑えることが出来なかった。
「貴女、見た目の割に随分と粗暴な言葉遣いよね。記憶喪失って聞いてるけど、気が付いた時からそんな喋り方なの?」
が、投げかけられたのは個人的に最も突っ込まれたくない話題であった。
ブレンダンからも煽りながら全く同じ事を言われたが、まさかメディナまでそんな事を聞いてくるとは――などと、文句を口にすることは出来ない。むしろ言われてようやく気が付いたのだ。
俺の見た目は美少女なのに、挙動の全てが少女らしくないことを。
さあっと血の気が引くのが分かった。俺の正体が男であることを言えずにここまで来てしまったのは、意図的なものではなく不可抗力だ。しかし、それを今更暴露してもいいのだろうか。いや、無理だろう。
既に風呂で自分の裸も見ているし、あれほどフィーに女性服の専門店に連行され、女性用下着の専門店にも入りしっかり買って着用している今の俺に、正体を明かす勇気などない。明らかに暴露するべきタイミングを通り過ぎてしまっているのだ。今暴露なんてしたら変態野郎のレッテルを貼られるか、頭のおかしい奴として扱われるかのどちらかになる未来しか見えない。正直、どっちも嫌だ。
「あ、うん。そういえばそうだな……他のみんなには何も言われなかったんだけど、やっぱ変かな?」
平静を装い答えたものの、俺の声は震えていた。もっと女の子らしい言葉遣いをしておけばよかったと後悔しても、後の祭りだ。ここまでしっかり雄々しく振る舞ってきてしまった俺では今更言葉遣いも変えられないし、そもそも自分がフィーやメディナの様な言葉遣いをしている姿を想像しただけで鳥肌が立つから選択肢に含めたくもない。冗談ならともかく、この世界にいる限りそれを続けるなんて気が狂いそうだ。
「変って言えば変だけど……ギャップが暴力的とはいえ、個性の範囲かしら」
「そ、そう言ってもらえるなら助かるよ……」
というか、何故今までメディナ以外の誰もこれに突っ込んでくれなかったのか。こんなに可愛い絶世の美少女がヨシュ並の言葉遣いをしていたら、少しぐらいはおかしいと感じる筈だろう。という疑問は、少し後に解消されることになる。俺の挙動がおかしいと思っても指摘しないよう、アキの奴が子供達に言って聞かせていたというのだ。それは記憶喪失設定になっている俺を気遣ってのことだった、と聞かされてしまっては俺も何も言えない。
だが、この気遣いやタイミングを逃した俺自身の失態のおかげで、俺は誰にも俺の本当の性別を暴露することが出来なくなってしまったのだった。
「でも、ちょっと勿体ないかもね。喋り方を矯正する気はないの?」
「……いや、ないです……なんか無理……」
「そう。素材は良いのに残念ね」
俺の全身をじろじろと眺めながら口ほど残念そうにも見えない表情でそう呟いたメディナは、「気が向いたら、いつでも矯正に付き合うわよ」と囁いた。好みのお姉さんに付きっきりで矯正してもらえるのは正直悪くはないが、それはそれ、これはこれである。
「は、ハルさんはそのままで良いと思うよ……?」
その時、先頭を歩くヨシュと並んで一行を先導していたニールが、突如会話に参加してきた。
「あら……よかったわね。ニールに気に入ってもらえたみたいで」
「え……あ、ああ……その、ありがとな。ニール」
「う、うん! どういたしまして!」
何故か頬を赤らめているニールの姿を見て、俺は瞬時に理解した。そしてせっかく血の気が戻ってきた体から、再び体温が失われるような感覚に襲われる。
待ってくれニール。お前がこの美少女に惚れる気持ちはよく分かる、よく分かるが待ってくれ。俺はこの通り粗暴な言動をしているし、中身はお前より八歳年上のお兄さんだぞ。あと俺にそっちの趣味はないから、薔薇色の世界に引きずり込むのは止めてくれ――そう言えれば良いのだが、まさか言える筈もない。嬉しそうに顔をほころばせたニールはともかく、何故かアキからの鋭い視線まで受けて冷や汗が止まらない俺は、あらゆる視線から逃れるようにメディナの陰に隠れたのだった。