第1話
翌日、早朝にウルムの町を旅立った俺達は、町の南方に位置する洞窟に足を踏み入れた。
この洞窟はゲーム中でも通路程度の意味合いしかなく、ほんの少し枝分かれした道の先にちょっとした宝箱が置かれていたり、ボスとなる魔物も出ないようなダンジョンである。
「へぇ……結構ちゃんと整備されてるんだな」
「十年ぐらい前までは、普通に使っていたからね」
流石に街道のように舗装された道と比べればお粗末なものではあるものの、ここは普通に歩行する程度には全く問題にならない歩きやすい洞窟だった。流石に昔設置されていた松明等はなくなっていたため灯りについてだけは不便だが、メディナの魔法でどうでもなるらしく、少しお高め懐中電灯レベル明るさを持つ光の玉が道の先を照らし続けていた。
「でもよ……」
「……うん」
だが、そんな場所にも問題はある。それにいち早く気づいたひとりの少女は先程から大騒ぎしていたが、男でもこれは正直気味が悪いと言いたくもなる光景が洞窟の天井に広がっているのだ。
「上……どこまで行っても、コウモリだらけだね」
天井を見上げたヨシュとニールにつられて視線を向けると、そこにはみっちりと黒いものがひしめき合っている。かさかさと音を立てるそれは、コウモリの集団だった。俺の実家付近では夕方辺りになるとコウモリが飛んでいる姿を見かけることがあったため、そこまで珍しい生き物でもないとはいえ(現実世界のコウモリとは正確には異なる生き物かもしれないが)、こんなに大量のコウモリが密集している天井が頭上にあるなんて、控えめに言って気味が悪いし気持ち悪い。
それでも俺が耐えられていたのは、俺の身体が少女程度の体格のため天井が物理的に遠かった――という理由がある。身長が高いアキやヨシュは場所によっては屈んでコウモリを避けているのだから、こればかりはこの少女の身体に感謝せざるを得ないだろう。
「もう、ほんといやー!! なんでこんなにコウモリばっかりなの!?」
だが、俺と同程度の身長でも堪えられない人間はいた。この中では間違いなく“生粋の少女”のフィーである。彼女は洞窟に入って間もなくコウモリの存在に気付き、それからはずっと騒ぎながらメディナに引っ付いているのだ。
「まぁ、洞窟だし?」
「洞窟には、コウモリがいるものですよね」
「なんでみんなそんなに冷静なのよ!?」
そんなフィーに対し、男連中の反応は平常運転そのものだった。ヨシュは見た目通りコウモリ程度で騒ぐような男ではないし、アキは上品且つ貧弱な見た目に反しここまでの三日間であまり動揺しない男であることが判明している。少なくともこの二人は、洞窟内で悲鳴を上げることはないだろう。
「いや……うん、一応害はないしな」
「……そうね。このコウモリは、人に危害を加えるタイプのものじゃないし」
そして、正直平気ではない俺はともかく、メディナも旅慣れているからか男達と同様の反応だった。まあ、時折大袈裟に屈んでコウモリを避けているところを見ると平気とは言えないのだろうが、それはむしろ魅力でしかないだろう。自分以外が全員未成年だから、と頑張って無表情を貫き強がっているところが可愛い。
「害がなくたって、気持ち悪いでしょ……!?」
「気持ち悪いなんて言ったら、コウモリが可哀想だよ……」
「ふふ、ニールくんはコウモリにも優しいんですね」
「……なんなの? なんなのよ、その空気……!?」
ニールに至っては、ただ存在するだけでフィーに罵られるコウモリに対し同情する始末である。それに加えてアキがニールを手放しで褒め出したため、男二人の訳の分からない空気にフィーはヒステリーを起こしかけていた。
「そろそろ落ち着けって。そんなに大声出してたら、魔物が寄ってくるかもしれねーだろ?」
「う……そ、そうね……ごめん。落ち着くわ……でも絶対に上は見ないからね……!」
ヨシュに正論で窘められると流石のフィーも大人しくはなったものの、必要以上に腰を屈め速足で洞窟を歩くその姿はとても可憐な少女のそれではない。とはいえ、彼女はこのパーティでも屈指の弓の腕を持つ戦士なのだから、見た目通りの少女と呼ぶには少々インパクトが強過ぎると言わざるを得ないだろう。
「……ま、気持ち悪いっていうのは、俺も全面的に同意するけどな」
「貴女もフィーも年頃の女の子なんだから、そんなものじゃないの?」
「あ、ああ……まあな」
普段こんな弱音を吐けば友人に女々しいとからかわれていたものだが、メディナの反応はまるで異なっていた。度々忘れるが、今の俺は見た目だけは可憐な美少女なのだ。からかうどころか心配されてしまい、性別の違いはこうも大きく差が出るものなのかと感心しつつも、反応が今の見た目に伴っていたという事実に少しばかり落ち込む俺だった。