第7話
俺にとっては二度目、俺とメディナ以外の四人にとっては三度目となるウルムの町に戻ってきた一行は、宿の一室に集まり各々ベッドや椅子に座りながら今後の予定を話し合おうとしていた。
「じゃ、これからどうするかだな」
まずはベッドに腰掛けていたヨシュが議題を挙げたが、ヨシュ自身も含めた全員が黙り込んでしまう。何故ならば、ウルム基地で新しい情報が一切手に入らなかったからだ。
これまでニール達は魔王の本拠地の情報を得るために二箇所の基地に潜入していたのだが、俺がこの世界に飛ばされる前に潜入している筈のチュニス基地ではウルム付近に別の基地があるという情報しか手に入らず、当のウルム基地に至っては所長のブレンダンが慎重な奴だったため、本拠地の場所どころか俺達にとって有用な情報など何ひとつ基地に残していなかったのだ。流石は狡猾且つ指折りの畜生であり、悪の幹部の鑑。基本的に迷惑しかかけてくれないおっさんなのであった。
そういった理由があり、俺とアキを除いた十代の子供達は今後の行き先の選定に困っていたというわけだ。
「……貴方達は、クランドの方から来たのよね?」
「うん、チュニス方面から南下してきたの」
「なら、海を渡ってアピに向かわない? あそこは砂漠地帯だけど、昔魔王軍に滅ぼされた町の遺跡もあるらしいわ。なにか手掛かりが掴めるかもしれない」
そこで道を示してくれるのが、メディナの役割なのである。彼女はメンバー一の知識人であり旅の経験もあるため、こうして一行が困ると必ず何かしらの情報を捻り出してくれるのだ。勿論、彼女自身は魔王の本拠地の場所など知らず、知識が広く察しが良い以外は他の皆と条件は変わらないため、ゲーム中の臨場感もばっちりである。
「砂漠の遺跡かぁ……今は少しでも情報が欲しいし、いいかもね」
「そうなると、マリノへ向かわなければいけませんね。船は、あそこからしか出ていないでしょうし」
「ええ、そうなるわね」
マリノとは、この付近で唯一の港町である。
所々途切れたり中心に独立した島もあるものの、このゲームの大陸は基本的にドーナツ型に形成されている。そして現在地のウルム、その北の王都クランド、更に北の町チュニスは西側の大陸に位置し、いずれも海には面しておらず船も所有していない(特にウルムは森や山に囲まれた内陸に位置するため、海沿いに出るだけでも面倒な位置だったりする)。
メディナは、今の大陸にはこれ以上の情報が見込めないから、途切れた先の東の大陸に向かおうと言うのだ。そのためにも、船は必要不可欠であった
「あ、でも待って。マリノ方面の道って、先月あたりから王国軍が防衛のために封鎖しちゃってるよね?」
そこで問題になるのが、王国軍による街道の封鎖である。ここ半年で凶暴化した魔物からの町や村の防衛のために、ゲーム序盤は所々道が封鎖されていることがあった。故に、現在ウルム・マリノ間の街道を通れるのは各地の物流の要となる商人とそれを護衛する傭兵等の私兵だけであり、ニール達のような女子供の集まりでは確実に追い返されてしまうのだ。
「そう。だから、洞窟を抜けようと思うの」
「洞窟っていうと……この、マリノの近くまで抜けてるやつか?」
備え付けのテーブルに広げられていた地図を指差し、記憶喪失設定を忘れないよう何も知らない風を装って会話に参加した俺に対し、メディナは軽く頷いて脚を組み直す。
「そうよ。昔使われていた通路で、今も通り抜け自体は出来るわ。まあ、多少の魔物は出るけどね」
「背に腹は代えられないわね……すごく急いでるってわけじゃないけど、封鎖解除がいつになるかも分からないし」
「だな。洞窟は大丈夫か、ニール?」
「うん、ボクは大丈夫だよ」
洞窟と聞いて年頃の女の子らしく苦い表情を浮かべるフィーであったが、それでも復讐心の方が勝るらしく渋々頷いたところは流石と言うほかない。
それより問題なのは、直後のヨシュの反応である。「そこはまず女の子のフィーを気遣ってやれよ」と言いたくなるのだが、ヨシュは男女平等に接するタイプであり、男だろうが女だろうがほぼ変わらず気を遣ったり遣わなかったりするのだ。良く言えば分け隔てない、悪く言えばデリカシーがない。こんな性格で、よりにもよってヒロインのフィーに惚れられているんだから、世の中は実に不平等である。フィーに対し全く恋愛感情を抱かないとはいえ、主人公としてニールは泣いていい。
「それにしても、メディナさんが地理に詳しくて助かるね」
「元々彼……ダリルと旅をしていたしね。地理の知識も彼の受け売りよ」
「あ……そ、そうだったんだ……」
褒めたつもりがうっかり地雷をぶち抜く主人公だったが、対するメディナは二十代半ばの大人の女性だ。瞬時に縮こまったニールを眺めて肩を竦めると、気を遣い笑って見せるほどなのだから本当に人間が出来ているとしか言いようがない。実際には大人であろうとも彼女のような大らかな応対はなかなか出来ないため、フィクションの登場キャラクターならではの反応と言えるだろう。
「もう終わったことなんだから、そんな暗い顔をされると私も困るわ。それに、私の知識が役に立つならそれでいいでしょう?」
「……ま、そう簡単な話じゃねぇけど、あんたがそれでいいならいいのか」
「そういうこと」
これ以上は掘り返す必要もないとばかりに話を切り上げ、今後の進路を詳しく説明し始めたメディナの切り替えようは流石である。やっぱり彼女は最高に格好良い、と俺も惚れ直すばかりであった。