第5話
「おりゃあああ!!」
「……ふむ、体格に見合わぬ得物を使われますな」
戦闘を始めて既に十数分。俺とニールの二人がかりで斬りかかっていたが、ブレンダンは老人の見た目の割にすばしっこく動き回り、なかなか攻撃を当てることが出来ない。
というよりは、攻撃が当たらない状況そのものは俺自身にも問題があった。
「しかし……戦い慣れていないのですねぇ。刃が当たる間際に目を瞑っては、当たるものも当たりませんよ?」
「うっさいな! ちょっと目が乾くだけだ!」
そりゃ目も瞑るに決まってるだろう。猟師や自給自足で狩猟生活を送ってる物好き、生き死にに関わるような仕事でもしない限り、現代人が虫と魚介類以外の生き物を殺す機会なんてそうそうない。勿論俺も例外ではなく、ここまでの道中に魔物と戦ってはきたが、とどめだけは全て他のみんなに任せている程度にはまだ怖いのだ。むしろ、ここまで戦えていることを褒めてもらっても良いぐらいだ。
「おやおや……それにしても、その見た目で粗暴な言動……どうにかなりませんかな? 聞くに堪えません……」
「クソッ……!」
「ハルさん!」
流石は魔王軍幹部随一の畜生。俺が戦い慣れていないことを見抜くと、途端に俺に狙いを定めて攻撃を仕掛けてくるのだ。奴の攻撃はステッキによる打撃が基本だが、物が軽いだけあって振りが早く、大振りでスピードが出ない大剣を扱う俺とは相性が最悪だった。
あっという間に防戦一方になった俺を見かねたニールがブレンダンの背に斬りかかり、何とか注意を引いてくれた事で俺は九死に一生を得たものの、あまりにも情けない。こんなヒロインのような扱いは受けたくなかった。
「ごめん、ニール!」
今度こそ瞑りそうになる目を必死に開いて斬りかかり、ブレンダンの肩にしっかりと切り傷をつけてやることに成功する。それに呼応するようにニールが奴の脚を深く斬ったことで、すばしっこかったブレンダンの動きにも僅かに鈍りが見えてきたのだった。
「っ……流石に、素早いですね……」
「泣き言は言わないで! 私がサポートするから、炎で追い込むのよ!」
「……はい! 二人とも、下がってください!」
アキの声に反応したニールに腕を引かれその場から離れると、直後にブレンダンを囲うように激しい炎が広がる。そして、その炎をメディナがバフで強化したためか、あっという間にブレンダンは炎に包まれてしまった。
ここに来るまでの道中で知ったが、アキは攻撃魔法を得意とする魔法使いであり、デバフ魔法も扱うことが出来るらしい。暴れていたヨシュを眠らせたのも、そのデバフ魔法による強制的な催眠というわけである(もっとも、暴れ回っている相手には当てづらいらしく、俺とニールが取り押さえるまでは魔法も掛けられなかったようだが)。
この世界の魔法は原理を理解しなければ扱うどころか発動すら出来ないような代物で、基本的にはメディナのような頭の良い連中にしか使えない。つまり、アキの奴は俺なんかよりもよっぽど頭の良い男なのだろう。現実世界ではどんなエリート街道を走っている男なんだ、と畏怖さえ感じるレベルだ。
そんな事を考えている間に、炎の魔法で弱ったブレンダンにとどめとばかりにニールが斬りかかり、ゲーム序盤の弱い筈のボスは、弱い俺を集中攻撃して追い詰めるという多大なる恐怖を植え付け地に伏したのだった。
「……ふぅ……これで終わり、かな」
「いや、まだ息があるみたいです……メディナさん」
焼け焦げた臭いが室内に漂う中、うつ伏せで倒れ込んでいたブレンダンは弱々しく肩で息をしていたが、誰がどう見ても虫の息である。それに気付いたアキはおもむろにメディナに視線を向けるが、メディナも気付いていたらしい。
懐からナイフを取り出し、震える両手でそれを握り締めたままブレンダンに歩み寄ったメディナは、ただ静かにナイフの切っ先を男に向けていた。
「…………あんたなんかを殺したって、あの人は帰ってこない……」
「……なら、見逃して、いただけません、かね……軍師殿……」
「帰ってこない、けど――」
メディナはナイフを握った両腕を、大きく振りかぶる。
激しい戦闘で未だ息は整っていないが、それとはまた別の理由で鼓動が激しく打ち続けている事に気付いた。俺は怖いのだ。この先に起こる事柄を、酷く恐怖していたのだ。だが、このゲームの外から来た俺がそれを止めることは出来ない。そんな事をしたら、この世界の未来もニール達の未来も変わってしまうかもしれない。
だから、目を瞑り耳を塞いで、俺はそれに備えた。
「――あの人と、私のために死んでッ!」
敵であったものの断末魔と、刃物が肉に突き刺さる音と、悲痛な彼女の叫びを目の当たりにする勇気がなかったのだ。