第8話
翌朝、よく寝てよく食べた一行は、快く受け入れてくれたザハールにこれまでの経緯を事細かに説明していた。
昨夜の間にエディとヴェロニカの事については軽く伝えてあり、もう敵ではないし、ロアの両親だから何も心配いらないという事は知られていた。とはいえ、今の見た目は魔族であるヴェロニカと人間のエディの間に子供がいるという事実を伝えた時のザハールと娘のスサンナの呆然とした顔は、それはもう見事なものではあったが、伝えるのはやめておこう。
「……なるほど、経緯はわかりました。であれば、私からの提案なのですが――」
そんなザハールが大真面目に頷きながら口にした案に、真っ先に目を輝かせたのはエディとヴェロニカ、そしてロアの三人だった。
◆◆◆
「いやぁ……まさか、あんな提案をしてもらえるとはね」
「ニール君のおかげね、本当にありがとう」
「ありがと、ニールお兄ちゃん!」
エディ一家の上機嫌さの原因は、ザハールの「行くところがないなら、ラルタルに住んだらどうか」という提案によるものだ。今のエディ一家は、稀代の魔法使いの父と魔族の身体の母とその間に生まれた魔法の才能を持つ娘――という、世界が世界なら迫害待ったなしの見事な数え役満なのだ。魔族の身体を持つヴェロニカを連れたまま人間社会の中で平和に生きるのは難しいだろうが、それでもエディとロアは、自らの妻であり母であるヴェロニカを絶対に離しはしない筈だ。
なら、初めから魔物と人間が住むラルタルに居ればいい。というのが、ザハールの言である。当然、一家は二つ返事で首を縦に振っていた。普通なら少しは躊躇しそうなものだが、実に思い切りがいい一家である。
「う、うん。でも、本当にいいの? ラデルの家は……?」
ニールのコネで安住の地を早々に手に入れることが出来た一家は小さな浄化師に感謝しきりであったが、一方のニールはと言うと、苦い表情を浮かべひとつの疑問を口にする。
「あ、それはどうしよう。売れるかなあ?」
「うーん……いわくつきの家になっちゃいそうね」
「シャレにならないこと、言うわね……」
既にラデルの自宅の事を忘れていたエディは、思いつかなかったと言わんばかりに間の抜けた声を上げたが、ヴェロニカも突っ込む様子がないどころか自宅の扱いについて悩んでいるだけである。もしかするとこの夫婦、とんでもないド天然夫婦なんじゃなかろうか。
そう言いたい気持ちもあったが、少し離れた位置からみんなを眺めていた俺は、その労力を嫌い傍観に徹した。
「……まあ、いいわ。あとは、貴方達だけど」
次に話を振られたのは、ニールとフィーである。この二人は家族を全員失っているが、そんな中でも決定的な違いがあった。親戚の有無だ。
「わたしはチュニスに行くわ。一応親戚もいるし、ヨシュにたかれるでしょ?」
「ふーん? まあ、いいんじゃねーの」
フィーには、チュニスやクランドにも親戚がそこそこいるらしく、確か両親と姉を殺されたのもチュニスの親戚の元へ見舞いに行っていたからだった筈だ。となれば、身内に助けを求めるのは当然の流れだろう。
もっとも、チュニスの方を選んだのはヨシュがいるからだろうが、ヨシュの方は特に気にしている様子はない。相変わらず色恋沙汰に疎い男だ。
「ニールはどうするの?」
「うーん……もう少し、考えさせて。お父さんとお母さんが遺してくれたものがいっぱいあるから、それのことも考えなきゃいけないし」
「そういやそうだったな。結構な量があったんだったか」
一方のニールは苦笑を見せながら軽く頷き、両親が残したものの一つであるペンダントを見つめている。実際に見たわけではないが、地下室には大量の蔵書と浄化に使う道具が眠っている筈だ。それをどう扱うかも、ニールにとっては重要なんだろう。今なら転移魔法があるから、移動そのものはそれほど苦労しなさそうではあるが。
「アキはどこに行くの?」
「私も少し考えます。流石に身一つで動き回れるほど、屈強ではありませんから」
そして、行き場のないアキもまた、少し悩んでいるようだった。この世界で生きる覚悟は持てても、どう生きていくかまではまだ考えられるほどの余裕もないだろうし、当然の反応だ。覚悟しているだけ上出来と言うやつだろう、と偉そうに考えながら、俺はぼうっとその様子を眺めているだけだった。