第7話
疲労困憊の俺達がラルタルに着いた頃には既に日も傾きかけていたが、ニールが再訪問したことに気付いた村人達は大いに喜び、そして驚愕した。
「ニール坊ちゃん! 皆さんも、よくご無事で……!」
「急に押しかけてごめんね、おじさん」
「いえ、いつでもお待ちしておりますから……しかし、そちらのおふたりは……」
数か月ぶりに会う村長ザハールは相変わらずニール相手に破顔していたが、俺達の後からついて来たエディとヴェロニカの姿には僅かに表情を強張らせている。とはいえ、以前この村に来た時はまだヴァルヴァラが敵対している理由も、彼女の正体がロアの実の母であることも、そもそも魔族じゃないことも何もかもが判明していなかったから無理もない。
それに加えて、魔王軍の幹部のエディまでくっついてきたのだ。そりゃあ、魔物の皆さんも警戒するに決まっているだろう。
「ええと、色々あって……」
「ふむ……とりあえず、今日は休んでください。詳しいことは、皆さんが元気になってからにしましょうか」
話すと長くなる出来事だと察してくれた村長に促され、ボロボロの俺達はその日、彼の自宅で休ませてもらう事になったのだった。
◆◆◆
その日の深夜。いや、正確には日付が変わっているのかもしれないが、時計なんて持っていない俺には正しい時刻なんて分からない。ただ、日が出て来れば朝で、日が落ちれば夜だという事しか分からないのだから。
「……ふう……やっと寝たか」
夜行性の魔物の村人以外はほぼ寝静まっているこの時間に、俺は村長の家から出て村の外れで夜風に当たっていた。あんなに衝撃的なことが続いたせいで、疲れているにも関わらず全く睡魔が訪れなかったのだ。そもそも疲れているのに遅くまで元気だったフィーのせいでもあるんだが、それは許してやろう。なにせ、この一行にとっては仇敵とも呼べる相手を滅ぼすことが出来たのだ。喜びで気分も良くなるだろう。
「起きてるのは、あなただけです。少し休んだ方がいいですよ」
「……そうは言ってもなぁ」
そんな俺を追いかけてきたのか、いつの間にか隣にアキが立っていた。忍者か何かかと普段ならツッコミを入れていただろうが、今はそんな元気もない。ただ、投げかけられた言葉に曖昧な返事をするしかないのだ。
もっとも、向こうも俺のそんな反応は予想していたのか、「そうですよねえ」などと呑気に相槌を打っていたんだが。
「お前、なんでああも受け入れるのが早かったんだ? ああ、いや。察してたのは分かるんだが」
「諦めが早いんですよ、私。それに、この世界の人たちのこと、結構気に入ってますから」
「すげぇよなあ……俺は駄目だ、元の世界に未練だらけだよ」
真相を知ってからずっと気になっていたことを問いかけてみたが、アキの返事は思った以上にあっけらかんとしたものであった。これはあれか、二次元に入ってみたいと思ったりする、中学生ぐらいがよく夢想するタイプのあれか。それも、拗らせると酷い事になるらしいが、アキの場合は拗らせる前に夢が叶ってしまったような状況なんだろうか。そういうことなら、ある意味羨ましいかもしれない。
俺は、そもそも元の世界に執着も未練もあるし、やりたいこともまだまだあった。その中でも何が一番問題かというと、この世界の文明レベルじゃテレビゲームなんて存在しないという事だ。俺はゲームをするのが好きなのであって、ゲームの中に入りたいタイプの人間じゃない。そういう観点から、俺は特に絶望しているのだ。
大体、ここに至るまでもともすれば発狂しかねない程の境遇に置かれながら、それでもなんとか正気を保って生き延びてこれたのは、元の世界に戻ってゲームがしたかったからである。それが叶わないと分かった以上、生きる希望を失ったも同然だ。一体、今後何を目的として生きていけばいいんだ、と問いかけて返事が返ってくるわけでもなし。こんなエコノミークラスの遊びしかなさそうな世界で、何をどうしろと言うんだと絶叫したくもなるだろう。
「……消えるつもりですか?」
だからといって、アキの言うようにこの魂ごと消してもらうというのも、また嫌なのだ。寿命が尽きかけているわけでも、病気で死にかけているわけでもないのに、自ら死を選ぶなんてそうそう出来ることじゃない。だから、俺は答えを出せずにいるのだ。
「今は、ゆっくり落ち着いて考えた方が良いと思います。まだ慌ただしくて、正常な判断もできませんから」
「……それ、お前が言うのか」
「ええ、私だから言うんです」
一応、境遇は同じですから。と、口にしたアキは、俺の予想以上に穏やかな顔をしていた。