第5話
「グゥゥ! おのれ……っ! この程度で……!!」
魔王の手の平に刺さった矢は、あれほどの力を持つ魔王でも自力で抜くことが出来ないらしく、さっきまでの余裕のある態度から一変し、忌々し気に俺達を睨み付けながら次々に射られる矢に動きを止められながら苦しみ始める。
「っ、やった! 剥がれたよ!」
「よかったな、お待ちかねの浄化師だぜ……思う存分、味わえよ!」
それに加え、魔王の動きが止まったことで浄化の術を掛ける余裕のできたニールにより、防御壁が取り払われたことで、ようやく同じ土俵に引きずり下ろすことに成功した。
その様子に勝ちの目を見出したからか相変わらず威勢の良いヨシュは魔王に殴りかかったが、防御壁があった時はまるで効いていなかったその攻撃が明らかに効いていると分かるほど魔王が苦しみ呻き声を上げた為、みんなもつい顔を見合わせて目を輝かせた。
「……これなら、魔法も効くかも。アキ君」
「はい、任せてください!」
「覚悟してよね……わたしたちを敵に回したこと、後悔させてやるんだから!」
今までの仕返しとばかりに攻勢に出た俺達だったが、この大人数対魔王一人という圧倒的有利な状況を作りだしてようやく、なんとか対等な位置までもっていっていたのである。流石は魔王と言う他ない。
それでも、魔王を守る防御壁もなく、魔王にとって弱点ともいえる浄化師のニールの存在という要素が加わり、全員が肩で息をするような激しい激闘の末、遂に魔王を地に伏せさせることに成功したのだった。
「……これで、倒した……のか?」
倒れた魔王は辛うじて息をしているが、身動きを取る事が出来ないようにも見える。それを遠巻きに見ていたヨシュが近付こうとしたその時、当然ながらアキに制された。息がある以上、まだ魔王は諦めていないからだ。
「いえ、まだです。ニールくん、すぐに浄化を!」
「う、うん!」
促されるまま今まで見たことのないほど強力な浄化の術を使うニールと、苦しみながらもそれを受けざるをえない魔王を、俺はぼんやりと眺めていた。
――これで終わりだ。俺の知っているこのゲームの物語は、ここで終わりを告げるんだ。その先に待っているのは、自動で流れるエンディング、そして暗転しジエンドの文字が表示される、よくあるゲームのエンディング。実際にゲームの中にいる人間は、それをどうやって見ることになるんだろうか。どう体験するんだろうか。
好奇心もあるが、その先に待ち受けている残酷な現実の方が、今は俺の心に広がっている気がした。
「…………だ、大丈夫なの? これ……?」
「……大丈夫そうだね。ほら、魔王を見ていて」
「消えていく……アキさん、これでいいの……?」
浄化の術を掛けられ少しすると、魔王も完全に息絶えたらしく身動きを取らなくなっていた。そして、指先や脚先から次第に光になるように消えていっているのが見える。
「ええ、大丈夫です。魔王を浄化しても、その悪の心を消すことはできませんから」
「……っていうか、こいつ自身が悪そのものって感じだからな。浄化すると存在が消えるんだよ」
魔王は勧善懲悪のこのゲームのラスボスらしく、悪意が意思を持ったような存在だ。まあ、正確には魔物から進化したような設定があった気がするが、正しい情報を確認する手段もないし、終わった今となっては気にする程の事でもないだろう。何百何も前に生まれ、悪意を膨らませ、力を付けて、一度は世界丸ごとを攻撃出来た存在――それが魔王なのだ。
こいつは改心もしないし、浄化をしても悪意が消えることはない。今見ているように、浄化をすれば魔王本人が消えてしまうだけだ。
俺とアキがそう説明することで、説得力が増したらしい。他のみんなは納得した様に何度か頷くと、完全に消えようとしている魔王を見守り、消えるまで黙って眺めていたのだった。
「…………魔王を倒せたんだな、オレたち」
「ああ、終わったんだな。これで」
「……じゃあ、出ましょう。こんなところ、いつまでもいる必要はないわ」
情緒も何もあったものじゃないが、メディナの言葉ももっともなため、俺達はヴェロニカの空間魔法でその場を離れることにした。