第12話
「…………戻す場所が……ない……?」
聞き流しそうになるほど認めがたい現実を何とか反芻して、自分でも驚くほど泣きそうな声でそう問いかければ、影の女神は静かに頷き、俺達を交互に見渡した。
「……この場のそなたらの精神は、いわばコピー体。そなたらの精神と肉体は、元の世界で今も活動しておるのだ」
「困りましたね……私たちには、この世界でこの肉体のまま生き続けるか、あなたに頼んで存在を消してもらう以外の選択肢がないということですか……」
「……うむ」
コピー体ということは、そもそも俺は本当の“錦崎晴樹”という人間ですらなく、“錦崎晴樹の記憶を持った何か”という存在になりかねない。
そもそも俺は本当に錦崎晴樹なのか。本当はシェリー・フェルトンが記憶喪失になって訳の分からない勘違いをしているだけなのではないのか――などと、悪い方へと考え始めたらきりがない。だが、そのぐらい俺という存在は不安定なものになっているのだ。
そんな不安に完全に呑み込まれていた俺とは対照的に、アキは普段通りの反応を崩さない。それは、不安を感じていないどころか、何の感慨も感じていないようにも見えてしまうほどだ。
「…………どうしましょうか、ハルさん」
「どうしましょうか、って…………お前、なんでそんな冷静なんだよ……」
「ハルさんがシェリー・フェルトンに間違われたという話を聞いたことと、ルクーツで声を掛けられたことで、否が応でも察せざるをえませんでしたから……ここに来るまでは、認めたくなかったですけどね」
「………………考えさせてくれ。今すぐに何か決めるなんて、無理だ……」
言われてみれば、ルクーツに滞在していた時のアキは、少し様子がおかしかったような気もしなくはない。が、流石にそこまで細かく見ていなかったから、こいつがどれほどの不安を感じ飲み込んでいたのかは分からなかった。
そんな自分の呑気さに吐き気すら感じる。ここに来るまで、悪い予想は全て排除してきたのだから、そのツケが回ってきただけなのかもしれないが。
「……ところで、ニールくんたちは無事なんでしょうか?」
「そなたらがこの空間に転送された直後より暴走した妾とやり合っているが、終始あやつらの優勢だ。問題あるまい」
「それはよかった。こっちでの帰る場所すらなくなったら、困りますからね」
ほっと胸を撫で下ろしているアキは、この世界に留まるつもりなのだろうか。俺はどうすればいいんだろうか。考えれば考える程、思考が纏まらず途方に暮れるばかりで、喋る元気すらも失った俺はその場に座り込むしかない。
「妾が倒れれば、そなたらも仲間の元に戻れよう……この話の続きはその時にしようかの」
申し訳なさそうに僅かに上ずった影の女神の穏やかな声を聞きながら、ただただ頭を抱えてニール達の戦いが終わる事を待つしかなかった。