第11話
「……そなたらが先ほど出会った妾は、暴走状態にある。魔王に接触された際に、気をやってしまってのう……長らく、無差別にキメラを作り続ける存在と化しているのだ」
本来、彼女がキメラを作るのはキメラとなる精神の者との合意を必要としていた(例えば、別の肉体になってでも生き延びたい、などといった理由だろう)。しかし、キメラの製法を求め接触してきた魔王の悪意や邪気のようなものにより彼女は正気を失い、今はただ機械的にキメラを作り続けているらしい。
そんな影の女神曰く、彼女に作り出された俺達は暴走状態の創造主である彼女に自我を乗っ取られるところだったらしいが、それはこの正気を保っている女神によって阻止されたんだとか。仮に自我を乗っ取られていた場合、ニール達と敵対していたか、あのブレンダンのキメラのようにただその辺を歩き回っているだけの存在になっていたかも知れないというのだから、恐ろしい話だ。
そもそも今の彼女自身は正気を保っている精神のみの存在らしく、あの裏ダンジョンの中の通常では入る事の出来ない空間に閉じ込められていたらしい。俺とアキも、彼女が乗っ取りを阻止した際にその空間に引きずり込まれたため、俺達三人は自力でここから出ることが出来ない状況にあった。
「あの場所にいたキメラたちは、全てその暴走により生まれた者ですか」
「ああ、死した者の肉体と精神をあらゆる世界より集めては、無差別にそれらを融合させておる。しかし、融合そのものは出来ても、術式はでたらめでな。あれらに自我はないのだ」
「……私たちは、無差別に選ばれた実験体ということですね……でも、私に死んだ記憶はありません。なのに、どうしてキメラにされているんでしょうか?」
そうだ、俺達に自我が残っているという疑問は些細なこととして置いておける程の大きな疑問は、それだ。
俺の肉体になっているシェリー・フェルトンは既に故人らしいが、ここまで聞いた話では、彼女の作るキメラは死んだものか、命のないものしか対象にしていないとしか思えないのに、何故死んだ記憶のない俺がこうしてキメラにされているのか。まさか、キメラにされる時に殺されでもしたのか。
それはアキ自身も同じだったらしく、ショックのあまり咄嗟に言葉が出てこない俺の代わりに疑問を投げかけてくれていたが、女神は意外性を感じていないのか、特に表情を変えることはなかった。
「肉体はともかく、精神を呼び寄せる際に死人である必要はない。故に、そなたらは死んではおらぬ」
精神の素材が死んでいる必要はない。つまり暴走状態の女神に無差別に選ばれてしまった俺達は、生きながらにしてキメラにされていたという事だ。それが人間以外の生き物ではなかったことを喜ぶべきなのか、フィクション世界の人間と融合させられてしまったことを嘆くべきなのか、今の俺には判断が付きそうにもない。
そもそも突きつけられる現実があまりに現実離れしていて、且つ理不尽過ぎた。
「……なんだよそれ」
「ハルさん……」
「俺達も、ヴェロニカと同じように、お遊びで作り出された存在って事なのか……?」
ここまで理不尽だと、悲しみを通り越して怒りが湧いてくる。なんの落ち度もない俺達が、何故こんな目に遭っているのか――その理由と解決法を求めてここまでなんとか生きて来たのに、この災難に理由なんてなかったのだ。
今目の前にいる影の女神にも罪はないが、思わず当たるような態度を取りたくもなってしまう。
「すまぬ……妾が、暴走などしなければ……」
「……元の世界に、戻れるのか」
ならせめて、解決法だけでも欲しかった。俺達が死んでいないのなら、元の世界と身体に戻れるんじゃないか――そう考えた俺は一縷の望みを掛けて、そう問いかけた。
「…………無理だ」
だが、影の女神は力なく首を振り、絞り出すような声でそう答えるのみだった。
一度作ったキメラを解除する方法がないというのなら、それは仕方のない事だと言う他ない。ゲーム世界から現実世界へ戻す方法がないというなら、少し納得しかねるが譲歩してもいいだろう。
「……何故です?」
「先も言ったな、そなたらは死んではおらぬ――と。そなたらの精神は、元の世界に今もあるのだ。故に、この場のそなたらの精神を戻す場所がない」
俺達の精神はここにあるのに、現実世界にもある。
そう言われて、意味が分かる人間がいるだろうか。そんな訳の分からない冗談を言っている状況じゃない、そう怒鳴り散らしたくなったが、影の女神はただ真剣に真摯に言葉を選んでいるようだった。